金融経済イニシアティブ

山本謙三のコラム・オピニオン

山本謙三による金融・経済コラムです。

前回まで述べたように、今後の日本経済にとっては、①就業者の拡大と②労働生産性の向上が最大の課題となる(末尾関連コラム参照)。人手不足がいよいよ深刻になるからだ。

 

日本の労働生産性は、先進国の中にあって低い。しかし、その解釈や理由は人によりまちまちだ。

 

例えば、安倍前政権の誕生以前は、長引くデフレが生産性の向上を阻害しているとの見方があった。アベノミクスは、金融政策、財政政策、規制改革の組み合わせで、生産性の向上をもくろんだ。しかし、労働生産性はアベノミクス下でさらに一段と低下した。

 

生産性の動向は、人口動態や産業構造の変化を抜きには語れない。

 

前回、就業人口と総人口のバランスを維持するには、70歳代半ばまで働く必要があると述べた。

 

今回は、少し別の角度から確認してみたい。過去、日本人が一生のうちどの程度の期間を勤労に割り振っていたかを試算してみる。改めて分かるのは、今の日本人がいかに長生きする社会に生きているかだ。

 

昔の日本人はもっと長く働いていた

 

参考1は、100年前、50年前、2019年の3時点をとり、日本人が「一生(参考1のD)」のうち何割を「働く年数(同B)」に充ててきたかを試算したものだ。引退時の年齢と同時点での平均余命の合算値を「一生の年数」としているので、平均寿命よりも長いことに注意を頂きたい。

異次元緩和:変質の経緯と再整理 ~金融政策はなぜこうも分かりにくくなったのか

2021.06.01

日本銀行の金融政策が、とにかく分かりにくい。根っこにあるのは異次元緩和の変質だ。別次元に変わったといってもよい。それでも日銀は「これまでの政策は適切に機能している」と述べるばかりだ。

 

中央銀行には、得られた知見や理解を国民や学界に正しく伝える責任がある。今のままでは、説明責任は果たされない。政策が適切かどうかも分からない。

 

「物価目標へのコミットメント」は能動型から受動型に

 

異次元緩和の変質を端的に表すのが、物価目標へのコミットメントだ。当初は「2年以内に物価目標2%の達成」を掲げ、「施策の逐次投入はせず、必要な施策をすべて講じる」と言い切った。

 

しかし、コミットメントは受動型に転換した。本年4月時点の物価見通しは、2023年度でも前年比1%にとどまり、目標に達しない。それでも追加の緩和措置を講じない。「必要な施策をすべて講じる」とした当初の姿勢とは、雲泥の差がある。

生産年齢人口(15~64歳)の減少は、経済活動を供給面から制約する。今後就労人口が減っていけば、プラス成長の維持も容易でなくなる。人口が減少する社会では、やむをえない。

 

「実質経済成長率」のプラス、マイナスよりも、今後は国民の豊かさをあらわす「国民一人当たりの実質経済成長率」を維持することの方が、重要になる。「一人当たり」ならば、分子と分母が同時に減るので、一見すると問題ないようにみえる。

 

しかし、そうではない。生産年齢人口が、総人口を上回るスピードで減少する。少ない人口で生み出すパイを、多くの人口で分かち合わねばならない。一人の取り分が減る。「国民一人当たりの実質経済成長率」も低下する可能性が高い。

 

前回述べたように、日本の人口ピラミッドが「脚の長い凧形」に向かうのは、少子化と長寿化の結果である。少子化がピラミッドの下方をスリムにし、長寿化が全体の形状を縦長にする。

 

世界に冠たる長寿化スピード

 

参考は「平均寿命の国際比較」である。折れ線は、主要国の男女別平均寿命の推移をあらわす。

前回述べたように、日本の人口ピラミッドは「脚の長い凧形」に向かう。少子化と長寿化の結果だ。少子化がピラミッドの下方をスリムにし、長寿化が全体の形状を縦長にする。

 

両者は本来独立した事象だが、実際には、長寿化を可能にした社会制度が少子化を加速させている。少子化に歯止めをかけるには、社会を貫くパラダイムの転換が必要だ。

 

失われた3つ目の人口の塊

 

参考1は、前回示した人口ピラミッドの再掲である。日本の人口は、将来、右図(2065年)のような「脚の長い凧形」となる。しかも、その後も延々と続く。そうなる理由は、左図(2015年)のピラミッドにすでに暗示されている。

地方の人口減少を受け、「東京圏vs.地方圏」の対立軸がしばしば持ち出される。しかし、これは将来の日本経済の主題ではない。そもそも地方消滅論自体が、誤解を招きやすいものだった。

 

根拠とされたのは、20~39歳の女性の数が2040年までに地方で大幅に減るという試算だった。しかし、試算をさらに先まで延長すれば、東京圏でも同じ事態が起きる結果になっただろう。地方消滅とみえた事態は、日本全体の人口減少の過渡的な現象にすぎない。

 

東京一極集中論もミスリーディングだ。実際に起きているのは、東京一極集中というよりも、大阪市や札幌市、福岡市を含む狭い圏域への人口凝縮だ。これも人口減少に伴う労働力不足の反映である。

 

人口減少は、日本全国あまねく直面する問題だ。日本経済の真の課題は、①深刻化する労働力不足をどのようにして緩和するかと、②労働力不足という現実をふまえ、経済社会をどう変革し、世界の中で生き抜いていくかである。

 

当コラムでは、これまで人口動態の問題を繰り返し取り扱ってきた。今回これを総括し、改めて日本経済への処方箋を考えてみたい。数本のシリーズ(各5回程度)、毎月2回程度の掲載を予定している。第1シリーズは「人口構成と日本経済」である。

日銀の「施策の点検」が「施策の点検」で終われない理由 ~長期金利の変動幅拡大など

2021.03.01

日本銀行は、今月半ばの金融政策決定会合で「施策の点検」の結果を公表する。点検の目的は「より効果的で持続的な金融緩和を行うため」とする。これまでの施策の効果と副作用の点検が、中心になるだろう。

 

副作用は、広範かつ多岐にわたる。日銀自身がすべてを認めているわけではないが、副作用には①金融機関収益への圧迫、②市場機能の低下、③資産価格の高騰、④成長性の低い企業の温存(新陳代謝の阻害)、⑤財政規律の弛緩などがある。

 

ただし日銀は、金融政策の基本的な枠組みは変えないと言明している。すなわち、マイナス金利やイールドカーブ・コントロールといった大枠組みには手を付けることなく、副作用に対処しようというものだ。しかし、それは不可能である。副作用は異次元緩和と不可分一体だからだ。

 

今回「副作用への対処策」と称するものが出てくるとしても、真の解決には程遠い。むしろ一時的、表面的な対処にとどまることが危惧される。

愛知県が深刻な人口流出超に直面する理由 ~女性が決める人口移動

2021.02.01

2020年の「住民基本台帳・人口移動報告」(総務省)が公表された。

 

昨年来注目を集めてきたのは、コロナ禍で5月以降、東京都が人口流出超に転じたことだった。しかし、人口流出入の規模は、進学、就職期の3、4月でほとんどが決まる。昨年も1年を通してみれば、東京都は3.8万人の流入超だった(日本人移動者、以下同じ)。

 

東京圏1都3県をみても、9.8万人の流入超である。流入超幅は、前年に比べ縮小したとはいえ、地方創生の開始前(2013年)をさらに上回る高水準にある。

 

大都市圏への人口移動は、景気の好調時に加速し、停滞時に鈍化する傾向がある。今回もこれに沿う動きだ。コロナ禍に伴うテレワークで、東京など大都市圏からの移住が増えたとの見方があるが、現時点ではインパクトは限られるだろう。

 

むしろ気になるのは、愛知県が人口流出超に転じたことだ(日本人移住者、参考1参照)。外国人を含む移動者全体では、2年連続の転出超となる。これにも「コロナ下でのテレワーク普及により、県外への移住が進んだ」との記事があったが、的外れだろう。変化の兆しは、すでに2,3年前から表れていたからだ。

 

流出超の直接的な理由は、製造業の雇用減である。しかし、他の大都市、とりわけ大阪市などと比べれば、名古屋市における女性の雇用吸収力の弱さが目立つ。若年女性を名古屋市が受け入れきれず、県外に流出する構図にある。

東日本大震災の発生から、10年が過ぎようとしています。

 

筆者は、当時日本銀行本店に勤務し、災害対策室を統括する立場にありました。

本稿は、その経験を基に日銀の旧友(OB・OG)向けに書いた原稿に筆を加え、再構成したものです。内容とデータは、震災後に日銀が公表した論文「東日本大震災における我が国決済システム・金融機関の対応」(2011年6月、日本銀行決済機構局)を参照しています。

文責はすべて筆者にあります。

 

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