金融経済イニシアティブ

山本謙三のコラム・オピニオン

山本謙三による金融・経済コラムです。

日銀の国債購入の減額計画を考える ~大切なのは基本方針と長期ビジョン

2024.07.01

日本銀行は、6月の金融政策決定会合で、国債購入の減額方針を決定した。

 

今年3月の異次元緩和解除の時点で「これまでとおおむね同程度の金額(月間6兆円程度)を買い入れる」としていた方針の変更である(注)。7月末に開催される次回会合で、今後1~2年程度の具体的な減額計画を決めるという。

(注)買い入れ額は、その後の市場動向を踏まえ、わずかに減額されている。

 

従来の「月間6兆円程度の買い入れ」は、日銀が保有する長期国債の満期到来分にほぼ匹敵する金額だった。したがって減額は、買い入れ額が償還額に達せず、長期国債の保有残高が減っていくことを意味する。異次元緩和を解除した以上、妥当な判断だろう。

 

参考1が、2024年3月末時点で保有する長期国債(残高586兆円)の年限別償還金額である。先行き2年間の償還金額は、合計約141兆円、月平均約5.9兆円にある。

「消滅可能性都市」の虚実 ~全国の問題を地方の問題と取り違えてはならない

2024.06.03

本年4月、民間の有識者による人口戦略会議が、「令和6年・地方自治体「消滅可能性都市」分析レポート」を公表した。3ヶ月前に公表した「人口ビジョン2100」に続くレポートで、2014年に日本創成会議が行った試算のアップデート版である。

 

試算結果では、1729自治体中744が消滅可能性都市に該当するという。10年前は、1799自治体中896がこれに当たるとし、多額の財政資金を地方に投入した。いわゆる「地方創生」である。

米国FRBはなぜ利下げに慎重なのか ~外為市場が意識する日米物価格差

2024.05.07

円相場が下落している。4月末には一時1ドル=160円超えまで円安が進んだ。

 

背景には、日米の金融政策の違いがある。本稿では、両国中央銀行のスタンスを少し深掘りしてみよう。

 

米国の物価2.0%は物価安定の分水嶺

米国では、昨年秋に高まった利下げ観測が後退している。たしかに、米国景気は予想以上に強い。

 

コアPCEデフレーター(食料品、エネルギーを除くPCE<個人消費支出>デフレーター)の前年比は、2022年(平均)の5%台から2023年末に3%を切る水準まで低下したものの、年明け後は下げ止まっている。

日銀はなぜバランスシートを切り離せないのか ~これ、すなわち「財政ファイナンス」と呼ぶ

2024.04.01

2024年3月19日、日銀はマイナス金利の解除とイールドカーブ・コントロール(YCC)の撤廃を決めた。植田和男総裁は、金融政策決定会合後の記者会見で「普通の金融政策を行っていく」意向を表明した。次の焦点は、巨額に達した保有国債の対処に移る。

 

今回の決定で、日銀は当面、従来とおおむね同程度(月間6兆円程度)の長期国債買い入れを続けるとした。この金額は、今後到来する償還金額とほぼ同額である。日銀の保有国債残高は、当面、減りも増えもしない。

 

当コラムでは、金融の正常化局面に入れば、早期に保有国債の圧縮プログラムの提示が必要と述べてきた(2024年3月「ETF依存を高める日銀財務の「健全性」」)。長期金利が大幅に上昇する場面での買い増しはやむをえないが、それも例外的、限定的にとどめるべきとの考えだ。

 

これに対し、一部にはより大胆に、現行の日銀バランスシートのほぼすべてを政府に移管し、金融政策は新しい日銀が厳格なルールに基づき運営すべきとの主張がある。

 

もちろん思考実験だが、財政ファイナンス類似の金融調節から決別し、金融政策をオーソドックスなものに戻そうとの趣旨である。日銀保有のETFの含み益や分配金が多額にのぼるため、移管を受けた政府にも当面支障が生じないはずとの見立てである。

ETF依存を高める日銀財務の「健全性」 ~金利上昇の財務影響を試算する

2024.03.01

金融市場では、近いうちに日銀がマイナス金利政策を解除するとの見方が増えている。

 

そうなると心配されるのが、金利上昇が日銀財務に及ぼす影響だ。長期金利の上昇は保有国債の含み損を拡大させ、財務を悪化させる。ただし、日銀は有価証券を時価評価していないので、あくまで実質ベースでの計算上の話である。

 

他方、バランスシート上は、日銀当座預金へのプラス金利の付利が期間損益を押し下げる。もし、多額の期間損失が続けば、債務超過の可能性が徐々に高まる。

「東京一極集中」論はいまや的を外している ~国外からの人口流入で全国28県が「流入超過」に

2024.02.01

一昨日、2023年中の「住民基本台帳 人口移動報告」が公表された。報道は、引き続き「東京一極集中」論が多かった。①東京圏の流入超過に対し、大阪圏、名古屋圏は流出超過にあること、②各県別にみても、流入超過は東京圏4都県、大阪府、福岡県、滋賀県の7県に限られること、などが根拠である。

 

しかし、これは国内移動のみを切り取ったデータだ。各地にとって重要な真の「社会移動」は、これに国外からの人口流出入を加えたものでなければならない。国内に転入する日本人・外国人から、国外に転出する日本人・外国人を差し引いたものとの合計である。

 

試算すると、2022年以降、日本の人口移動は劇的に変化している。東京圏だけでなく、大阪圏も名古屋圏もはっきりとした流入超過にある。このほかにも、流入超を記録している県や市は多い。

金融正常化に立ちはだかる、厚すぎる壁 ~日銀はバランスシートの偏りを克服できるか

2024.01.04

市場では、日本銀行のマイナス金利政策の解除が近付いているとの見方が多い。2%台の物価が続いている以上、マイナス0.1%の短期金利の解除は自然だろう。

 

日銀が金融の正常化に着手した後に直面するのは、バランスシートの問題だ。バランスシート上の日銀資産は、前回量的緩和の解除を行った2006年3月に比べ、規模が膨らんだだけなく、残存期間が顕著に伸びている。

世界はなぜ「分断」に向かってきたのか ~2024年が直面するリスク

2023.12.01

ロシアによるウクライナ侵攻が始まってから、1年半余りが経つ。今年10月からは、パレスチナ地域でイスラエルとハマスの激しい衝突が続いている。

 

世界各地に強権政治が広まり、社会経済の分断が進んでいる。2024年はどこへ向かうのだろうか。

 

強権政治の広がり

 

世界の「分断」のきっかけは、やはり米国・中国の対立激化にあるだろう。背後には、両国の経済面での地位の変化、すなわち米国の相対的な地位低下と中国の地位上昇がある。

 

これを念頭に最近10年余りの主な出来事を年表にしてみると、いくつかの特徴に気付く(参考1参照)。

 

名目賃金がほとんど上がっていない謎 ~「賃金と物価の好循環」ははるかに遠く

2023.11.01

日本銀行は、昨日(10月31日)の金融政策決定会合で長短金利操作(YCC)を再修正し、長期金利が上限めど1%をある程度超えることがあっても、容認する場合があるとの姿勢を示した。

 

一方、マイナス金利をはじめとする大規模な金融緩和の大枠は維持した。日銀の公表文では、「「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現という観点から、賃金と物価の好循環など経済・物価情勢の変化を丹念に確認していく」としている。

 

では、足元の「賃金と物価の関係」はどうか。端的に表す実質賃金指数は、17か月連続で前年比マイナスに沈んでいる。直近8月の同指数前年比はマイナス2.8%と、到底「好循環」とは言えない状況にある。

 

春闘で大幅な賃上げが実現した際には、夏場にも「好循環」が確認されるとの観測もあったが、的外れだった。一体、何が起きているのだろうか。

コロナ禍前とは違うコロナ禍後の労働市場 ~対照的な男女の労働力人口比率に潜む光と陰

2023.10.02

2020年、新型コロナショックが労働市場を直撃した。とくに打撃を受けたのが、非正規の職員だった。飲食業や宿泊業など、パート、アルバイトに多くを依存する産業が軒並み売り上げを落とし、雇用を削減した。

 

あれから3年半。コロナ禍の収束とともに、就業者数はコロナ禍前の水準をほぼ回復した。

 

潜在的な労働力を示す労働力人口比率(注)も、上昇を続けている。同比率は、2010年代前半にかけて50%台後半まで低下したものの、その後は反転。コロナ禍による足踏みがありながらも、現在は1990年代なかばの水準まで回復している(1968年65.9%→2012年59.1%→2023年8月63.1%)。

 

しかし、同比率の男女別、年齢階層別の内訳を見ると、手放しでは喜べない現実も浮かび上がる。

 

(注)労働力人口比率は、「就業者」と「失業者」の合計を総人口で割ったもの。すでに就業しているか、就業の意欲をもち、そのための活動をしている人の比率を表し、潜在的な労働力の割合を示す。

 

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