金融経済イニシアティブ

山本謙三のコラム・オピニオン

山本謙三による金融・経済コラムです。

日銀の「基調的な物価上昇率」は本当に基調的なのか ~インフレの過小評価リスクや正常化のタイミングを失するリスク

2024.09.02

日本銀行は、2016年以来、「生鮮食品・エネルギーを除く消費者物価」(いわゆるコアコア消費者物価、以下「コアコア指数」)を「基調的な消費者物価」と呼び、重視する姿勢を示してきた。

 

「展望レポート」(経済・物価情勢の展望)の物価見通しにも、従来の「生鮮食品を除く消費者物価」(いわゆるコア消費者物価、以下「コア指数」)に加えて、20年4月からコアコア指数を参考指標として掲載してきた(ただし、21年4月からの1年間は掲載せず)。

 

24年3月の金融政策決定会合では、消費者物価の基調的な上昇率が「物価安定の目標に向けて徐々に高まっていく」としたうえで、見通し期間終盤(筆者注:2026年度)にかけて「『物価安定の目標』が持続的・安定的に実現していくことが見通せる状況に至った」との理由を挙げ、異次元緩和を解除した。

 

しかし、物価の動向を客観的に眺めれば、コアコア指数が物価の「基調」を表しているようには見えない。エネルギーや生鮮食品を計算から除外するために、物価の判断が歪められているように見えてならない。

 

日銀の今次利上げが意味するもの ~「物価と賃金の悪循環」の可能性にも留意せよ

2024.08.01

日本銀行は、7月31日の金融政策決定会合で、国債買い入れの減額計画とともに、短期金利の誘導目標の引き上げ(0~0.1%から0.25%へ)を決定した。

 

日銀のロジックを追いかけてきたエコノミストにとっては、今回の利上げは意外なものだっただろう。前回決定会合後の経済指標は、GDPギャップのマイナス幅拡大、実質消費支出の低迷、鉱工業生産の低下など、多くのものが小幅の悪化を示していた。

 

また、日銀が「見極める」としてきた「物価と賃金の好循環の強まり」も、実質賃金が26か月連続して前年割れを記録するなど、好循環には程遠い状況にある。

 

それでも、日銀は「経済・物価はこれまでの見通しに概ね沿って推移している」とし、「賃金も、幅広い地域・業種・企業規模において、賃上げの動きに広がりがみられている」との理由をあげて、利上げに踏み切った。

 

エコノミストが混乱するのも無理はない。日銀自身の掲げるロジック自体が変容しているように見える。解釈の難しいところだが、詳しくみてみよう。

日銀の国債購入の減額計画を考える ~大切なのは基本方針と長期ビジョン

2024.07.01

日本銀行は、6月の金融政策決定会合で、国債購入の減額方針を決定した。

 

今年3月の異次元緩和解除の時点で「これまでとおおむね同程度の金額(月間6兆円程度)を買い入れる」としていた方針の変更である(注)。7月末に開催される次回会合で、今後1~2年程度の具体的な減額計画を決めるという。

(注)買い入れ額は、その後の市場動向を踏まえ、わずかに減額されている。

 

従来の「月間6兆円程度の買い入れ」は、日銀が保有する長期国債の満期到来分にほぼ匹敵する金額だった。したがって減額は、買い入れ額が償還額に達せず、長期国債の保有残高が減っていくことを意味する。異次元緩和を解除した以上、妥当な判断だろう。

 

参考1が、2024年3月末時点で保有する長期国債(残高586兆円)の年限別償還金額である。先行き2年間の償還金額は、合計約141兆円、月平均約5.9兆円にある。

「消滅可能性都市」の虚実 ~全国の問題を地方の問題と取り違えてはならない

2024.06.03

本年4月、民間の有識者による人口戦略会議が、「令和6年・地方自治体「消滅可能性都市」分析レポート」を公表した。3ヶ月前に公表した「人口ビジョン2100」に続くレポートで、2014年に日本創成会議が行った試算のアップデート版である。

 

試算結果では、1729自治体中744が消滅可能性都市に該当するという。10年前は、1799自治体中896がこれに当たるとし、多額の財政資金を地方に投入した。いわゆる「地方創生」である。

米国FRBはなぜ利下げに慎重なのか ~外為市場が意識する日米物価格差

2024.05.07

円相場が下落している。4月末には一時1ドル=160円超えまで円安が進んだ。

 

背景には、日米の金融政策の違いがある。本稿では、両国中央銀行のスタンスを少し深掘りしてみよう。

 

米国の物価2.0%は物価安定の分水嶺

米国では、昨年秋に高まった利下げ観測が後退している。たしかに、米国景気は予想以上に強い。

 

コアPCEデフレーター(食料品、エネルギーを除くPCE<個人消費支出>デフレーター)の前年比は、2022年(平均)の5%台から2023年末に3%を切る水準まで低下したものの、年明け後は下げ止まっている。

日銀はなぜバランスシートを切り離せないのか ~これ、すなわち「財政ファイナンス」と呼ぶ

2024.04.01

2024年3月19日、日銀はマイナス金利の解除とイールドカーブ・コントロール(YCC)の撤廃を決めた。植田和男総裁は、金融政策決定会合後の記者会見で「普通の金融政策を行っていく」意向を表明した。次の焦点は、巨額に達した保有国債の対処に移る。

 

今回の決定で、日銀は当面、従来とおおむね同程度(月間6兆円程度)の長期国債買い入れを続けるとした。この金額は、今後到来する償還金額とほぼ同額である。日銀の保有国債残高は、当面、減りも増えもしない。

 

当コラムでは、金融の正常化局面に入れば、早期に保有国債の圧縮プログラムの提示が必要と述べてきた(2024年3月「ETF依存を高める日銀財務の「健全性」」)。長期金利が大幅に上昇する場面での買い増しはやむをえないが、それも例外的、限定的にとどめるべきとの考えだ。

 

これに対し、一部にはより大胆に、現行の日銀バランスシートのほぼすべてを政府に移管し、金融政策は新しい日銀が厳格なルールに基づき運営すべきとの主張がある。

 

もちろん思考実験だが、財政ファイナンス類似の金融調節から決別し、金融政策をオーソドックスなものに戻そうとの趣旨である。日銀保有のETFの含み益や分配金が多額にのぼるため、移管を受けた政府にも当面支障が生じないはずとの見立てである。

ETF依存を高める日銀財務の「健全性」 ~金利上昇の財務影響を試算する

2024.03.01

金融市場では、近いうちに日銀がマイナス金利政策を解除するとの見方が増えている。

 

そうなると心配されるのが、金利上昇が日銀財務に及ぼす影響だ。長期金利の上昇は保有国債の含み損を拡大させ、財務を悪化させる。ただし、日銀は有価証券を時価評価していないので、あくまで実質ベースでの計算上の話である。

 

他方、バランスシート上は、日銀当座預金へのプラス金利の付利が期間損益を押し下げる。もし、多額の期間損失が続けば、債務超過の可能性が徐々に高まる。

「東京一極集中」論はいまや的を外している ~国外からの人口流入で全国28県が「流入超過」に

2024.02.01

一昨日、2023年中の「住民基本台帳 人口移動報告」が公表された。報道は、引き続き「東京一極集中」論が多かった。①東京圏の流入超過に対し、大阪圏、名古屋圏は流出超過にあること、②各県別にみても、流入超過は東京圏4都県、大阪府、福岡県、滋賀県の7県に限られること、などが根拠である。

 

しかし、これは国内移動のみを切り取ったデータだ。各地にとって重要な真の「社会移動」は、これに国外からの人口流出入を加えたものでなければならない。国内に転入する日本人・外国人から、国外に転出する日本人・外国人を差し引いたものとの合計である。

 

試算すると、2022年以降、日本の人口移動は劇的に変化している。東京圏だけでなく、大阪圏も名古屋圏もはっきりとした流入超過にある。このほかにも、流入超を記録している県や市は多い。

金融正常化に立ちはだかる、厚すぎる壁 ~日銀はバランスシートの偏りを克服できるか

2024.01.04

市場では、日本銀行のマイナス金利政策の解除が近付いているとの見方が多い。2%台の物価が続いている以上、マイナス0.1%の短期金利の解除は自然だろう。

 

日銀が金融の正常化に着手した後に直面するのは、バランスシートの問題だ。バランスシート上の日銀資産は、前回量的緩和の解除を行った2006年3月に比べ、規模が膨らんだだけなく、残存期間が顕著に伸びている。

世界はなぜ「分断」に向かってきたのか ~2024年が直面するリスク

2023.12.01

ロシアによるウクライナ侵攻が始まってから、1年半余りが経つ。今年10月からは、パレスチナ地域でイスラエルとハマスの激しい衝突が続いている。

 

世界各地に強権政治が広まり、社会経済の分断が進んでいる。2024年はどこへ向かうのだろうか。

 

強権政治の広がり

 

世界の「分断」のきっかけは、やはり米国・中国の対立激化にあるだろう。背後には、両国の経済面での地位の変化、すなわち米国の相対的な地位低下と中国の地位上昇がある。

 

これを念頭に最近10年余りの主な出来事を年表にしてみると、いくつかの特徴に気付く(参考1参照)。

 

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