金融経済イニシアティブ

山本謙三のコラム・オピニオン

山本謙三による金融・経済コラムです。

日銀の通貨発行益は早晩、通貨発行損に転化する可能性も ~日銀と国の統合バランスシートをめぐる誤解(その3、完)

2025.05.07

前回述べたように、日本銀行の当座預金等をあたかも「純資産」であるかのようにみなす誤解が、日本の財政状況に楽観的な見方を生み出してきた(2025.04.30「『日銀は潰れないから、国の負債超過は問題ない』は誤り」、2025.05.03「日銀の発行通貨(当座預金、発行銀行券)で、国の負債超過を帳消しにはできない」参照)。

 

しかし、事実は異なる。当座預金は民間金融機関に対する日銀の負債であり、国の負債超過を相殺できるような、自由に使えるお金ではない。負債超過の相殺に使えるのは、あくまで期中の通貨発行益に限られる。だが、その額は負債超過額のわずか0.3%(2023年度)にすぎない。

 

日銀の通貨発行益は、毎年度国の歳入に組み込まれ一定の貢献を果たしてきたのは事実だが、今後を展望すると、その余地も限られる。以下、その理由を考えてみたい。

 

日銀の発行通貨(当座預金、発行銀行券)で、国の負債超過を帳消しにはできない ~日銀と国の統合バランスシートをめぐる誤解(その2)

2025.05.03

日本銀行と国の統合バランスシートをめぐっては、誤解が多い。前回は、「日銀は潰れないから、国の負債超過は問題ない」との主張が誤解であることを述べた(2025.04.30「『日銀は潰れないから、国の負債超過は問題ない』は誤り~日銀と国の統合バランスシートをめぐる誤解(その1)」参照)。

 

今回は、日銀の発行通貨(当座預金等や発行銀行券)を通貨発行益と同一視し、あたかも純資産であるかのように取り扱い、国の負債超過と相殺してしまう誤解をとりあげたい(参考1、前回に掲載したものと同じ)。

 

もし、本当に、日銀の当座預金等や発行銀行券(残高合計約670兆円)を通貨発行益とみなせるのであれば、統合バランスシート上の負債超過約690兆円をほぼ相殺できる規模なので、国の負債超過は問題ないとの主張につながる。

 

しかし、誤解である。これは定義からみても明らかだ。日銀の当座預金や発行銀行券はバランスシート(貸借対照表)上の負債項目である。他方、通貨発行益は、その名のとおり損益計算書に関連する概念だ。主張自体が、バランスシート(B/S)と損益計算書(P/L)の混同に起因している。

 

厄介なのは、こうした主張の中には、なんの説明もないまま、当座預金等や発行銀行券と負債超過とを相殺し、「国の負債超過はほとんど存在しない」とするものが少なくないことだ。「当座預金」を「通貨発行益」または「純資産」とみなすことへの是非を述べることなしに、結論だけを断定的に述べる。これが多くの人に錯覚をもたらしていることに、十分な注意が必要である。

「日銀は潰れないから、国の負債超過は問題ない」は誤り ~日銀と国の統合バランスシートをめぐる誤解(その1)

2025.04.30

日本銀行は毎年5月の決算発表時に、また国は翌年3月に発表する「国の財務書類のポイント」の中で、前年度末のバランスシートを公表している。

 

両者を合算した統合バランスシートは、国の財務状態を評価するために、計算上のものとして作成されることが多い。しかし、同じ統合バランスシートをふまえても、「だから国の負債超過は問題ない」とする見方と、「だから事態は深刻だ」とする見方が鋭く対立している。

 

議論には多くの論点があるが、中央銀行のバランスシートに関する誤解も少なくない。以下、いくつかの論点を取り上げ、「だから国の負債超過は問題ない」との見方は誤解であることを説明したい。

国民と日銀の物価感はなぜこうもズレるのか(2/2、完): ~物価高対策は中央銀行の仕事

2025.04.01

国民と日銀の物価感が著しくズレてしまった。

 

前回のコラムでは、日銀が強調する「基調的な物価上昇率」のリスクを述べ、足元の物価の基調は年3%前後の上昇にあることを確認した(2025.03.31国民と日銀の物価感はなぜこうもズレるのか(1/2):『基調的な物価上昇率』のワナ:物価の基調は3%参照)。

 

意味合いを変えた「基調的な物価上昇率」

 

実は、2022年春に物価が上昇局面に入って以降、日銀は「基調的な物価上昇率」の意味合いを変えてしまった。

国民と日銀の物価感はなぜこうもズレるのか(1/2) ~「基調的な物価上昇率」のワナ:基調はすでに3%

2025.03.31

国民と日本銀行の物価感が著しくズレてしまっている。

 

日銀は「基調的な物価上昇率」という概念を用い、これが「まだ2%を幾分下回っている」として慎重な利上げ方針を維持している。

 

一方、国民が日々の生活で直面する物価の上昇率(消費者物価総合)は、前年比3%前後に達している。しかも3年近く続いてきた(参考1参照)。これを「基調」と呼ばずして「何が基調なのか」というのが国民の実感だろう。

 

政府はいま「強力な物価対策」を検討中と伝えられる。しかし、物価全般の高騰である以上、物価への対処は中央銀行の責務だ。当の日銀は、物価の高騰継続をむしろ望んでいるようにすら見えるが、どう理解すればよいだろうか。

 

財政法はなぜ厳格な財政規律を求めているのか ~昭和7年からの教訓とは

2025.03.04

最近、財務省を悪者視する書籍や動画が目立つ。国民に寄り添う施策を提案する政治家や評論家に対し、あたかも財政規律を振りかざして抵抗する財務官僚のイメージである。

 

だが、厳格な財政規律を求めているのは、財政法である。もし「財政規律を求めるのは不適当」とするのであれば、責任は、法律を定めた国会にある。

 

財政法は今も厳格な財政規律を求めている。だが、近年、その形骸化が進んできた。財政法は発行を認めず、別の法律(特例公債法)を根拠に発行される赤字国債の残高は、いまや800兆円を超えようとしている(2024年度末見込み)。

 

先人は、何を考え財政法に厳しい財政規律を求めたのか。同法のコンメンタールである「財政法逐条解説(第3版)」(平井平治<当時、大蔵省主計局法規課長>著、一洋社・1949年、以下「逐条解説」)をもとに、法律に込められた先人の思慮を探ってみよう。

グローバルな日本企業の間で、最近、日本人管理職の給与の割り負けが話題だ。対欧米のみならず、最近はアジアの一部諸国に対しても、派遣職員の給与が現地比割り負け始めたという。

 

派遣者には、日本の給与体系が適用される例が多い。足元の為替レートを適用して送金すると、現地の管理職者の給与水準に負けてしまう。企業は様々な工夫で均衡を図ろうとするが、退職者も増えている様子だ。

 

比較的若い年齢層の場合は、会社を退職し、その後に派遣先だった海外現地法人に入り直す例もあるという。現地採用の方が、給与が高くなるというわけだ。

 

国外への流出は、将来を嘱望される人財であるほど目立つ。海外の大学への留学生も同様で、卒業後国内に戻らず、現地で就職先を探す若者が増えている。

 

金融政策はなぜビハインド・ザ・カーブが続くのか ~日銀「多角的レビュー」を読む(2/2、完)

2025.01.06

2024年12月、日本銀行は、過去25年の金融政策を検証する「金融政策の多角的レビュー」を公表した。注目の2013年4月以降の異次元緩和については、一定の留意を残しつつも「全体としてみれば、わが国経済に対してプラスの影響をもたらした」と結論づけている。

 

だが、前回のコラムで述べたように、異次元緩和の効果の分析は過大評価の可能性が高い2025年1月「異次元緩和効果は過大評価の可能性が高い~日銀『多角的レビュー』を読む(1/2)。また、副作用に関しては、言及はあるものの、深掘りを避けた印象である。

 

消費者物価(生鮮食品を除く総合)の前年同月比は、2022年春以降、2年8か月にわたり実質3%近い上昇が続いている。にもかかわらず、政策金利は依然0.25%にとどまり、超緩和状態が続いている。

 

実質賃金は、2024年6月に2年3か月ぶりに前年比プラスに転じたものの、8月以降は再びマイナスが続く。参考1にみられるように、実質賃金のマイナス領域の「深さ*長さ(=面積)」は、リーマンショック時(2008年9月~09年7月)や新型コロナ期(2020年3月~21年1月)を上回る。政策をめぐっては名目賃金の動向に議論が集中するが、国民の生活実感は物価が高すぎるということだろう。

 

(参考1)名目・実質賃金の推移(前年同月比)

(注)従業員5人以上の事務所。
(出所)厚生労働省「毎月勤労統計」をもとに筆者作成。

 

オーソドックスな金融政策の視点からみれば、ビハインド・ザ・カーブ(経済への対処遅れ)であることは間違いない。なぜこうなったのか、どう考えればよいのか。「多角的レビュー」をもとに考えてみたい。

 

緩和効果は過大評価の可能性 ~日銀「多角的レビュー」を読む(1/2)

2025.01.04

日本銀行は、昨年末、過去25年の金融政策を検証する「金融政策の多角的レビュー」を公表した。同レビューでは、2013年4月以降の大規模金融緩和(以下、「異次元緩和」)も取り出して分析しており、評価できる。

 

結論は、異次元緩和は導入当初に想定していたほどの効果はなかったが、経済・物価を一定程度押し上げたというものだ。日銀は、これをもとに「引き続き2%の『物価安定の目標』の持続的・安定的な実現という観点から金融政策を運営していく」としている。

 

しかし、「多角的レビュー」で示された異次元緩和の経済への押し上げ効果は過大評価の感が強い。また、財政規律や市場機能に及ぼす副作用は深掘りを避けた印象がある。2回にわたり検討してみたい。

日銀の「多角的レビュー」に期待されること ~「財政ファイナンス酷似」「市場機能低下」の検証がカギ

2024.12.02

日本銀行は、12月の金融政策決定会合後に「多角的レビュー」の結果を公表する。

 

多角的レビューとは、2023年4月の植田和男総裁の就任直後に開始したもので、過去25年にわたる金融緩和政策について検証するとしている。一部の研究結果は、先行してすでに公表されている。

 

レビューの対象を「過去25年」としていることには、少なからぬ違和感がある。先行する14年とその後11年の異次元緩和は、拠って立つ理念や理論が全く異なるものだった。これらを一括りに議論してよいかは疑問が残る。

 

多くの中央銀行は、「独立性の確保」や「財政ファイナンスの禁止」のほか、「資産の健全性確保(短期資産中心のオペレーション)」、「市場機能の重視」といった規範を有してきた。異次元緩和は、「物価2%目標の実現」の1点のために、これらの規範の多くを曲げてきた。

 

多角的レビューが「多角的」であるためには、物価や景気に対する効果の測定だけでなく、規範のゆがみがもたらす長期的な帰結の検証が欠かせない。

 

具体的には、(1)財政ファイナンス酷似の実態とその長期的な影響、および(2)市場機能低下の実態とその長期的な影響である。

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