金融経済イニシアティブ

山本謙三のコラム・オピニオン

山本謙三による金融・経済コラムです。

日銀の「多角的レビュー」に期待されること ~「財政ファイナンス酷似」「市場機能低下」の検証がカギ

2024.12.02

日本銀行は、12月の金融政策決定会合後に「多角的レビュー」の結果を公表する。

 

多角的レビューとは、2023年4月の植田和男総裁の就任直後に開始したもので、過去25年にわたる金融緩和政策について検証するとしている。一部の研究結果は、先行してすでに公表されている。

 

レビューの対象を「過去25年」としていることには、少なからぬ違和感がある。先行する14年とその後11年の異次元緩和は、拠って立つ理念や理論が全く異なるものだった。これらを一括りに議論してよいかは疑問が残る。

 

多くの中央銀行は、「独立性の確保」や「財政ファイナンスの禁止」のほか、「資産の健全性確保(短期資産中心のオペレーション)」、「市場機能の重視」といった規範を有してきた。異次元緩和は、「物価2%目標の実現」の1点のために、これらの規範の多くを曲げてきた。

 

多角的レビューが「多角的」であるためには、物価や景気に対する効果の測定だけでなく、規範のゆがみがもたらす長期的な帰結の検証が欠かせない。

 

具体的には、(1)財政ファイナンス酷似の実態とその長期的な影響、および(2)市場機能低下の実態とその長期的な影響である。

是正されない正規雇用比率の男女格差 ~子育て課題の認識共有を

2024.11.01

20年ほど前、ニューヨーク滞在時に興味深い話を聞いた。現地の子どもたちは、13歳の誕生日を迎えると、「私、今日からベビーシッターができるようになったので、いつでもお呼びください」と、近所を訪ね歩くというのだ。

前日までは、保護者やベビーシッターらの目の届く範囲でしか行動を許されなかった子どもたちである。

ニューヨークでは、13歳未満の児童を一人にすることは違法とされる。登下校時はもちろん、親の不在時に自宅に一人残すのも違法という。万一事故が起きたときは、罪に問われるおそれがあるそうだ。

おかげでベビーシッターは、高校生にとってよいアルバイトだという。知り合いに頼まれ、親が帰宅するまでの時間を、児童とともに過ごす高校生は一定数いるようだ。

なぜ日銀の国債購入は財政ファイナンス酷似といえるのか ~国の負債超過700兆円を日銀が支える構図に

2024.10.01

日本銀行は、異次元緩和の11年間に、国債保有額を約465兆円増やした。この間の新規国債発行額は約518兆円だったので、財政赤字の約9割を日銀が面倒みた計算である。

 

この国債購入をめぐっては、「財政ファイナンスとほぼ同じ」とする見方と、「あくまで物価目標の達成のために行うものであり、財政ファイナンスには当たらない」とする日銀の見解が対立してきた。

 

日銀が、財政ファイナンスを意図して国債を購入したわけでないのは明らかだ。しかし、あまりにも巨額の購入を続けたために、経済機能的にみて財政ファイナンスとほぼ同等であることも間違いない。これを国と日銀のバランスシートから確認してみよう。

このほど、講談社現代新書から拙著が刊行される運びとなりました。9月17日(火)以降、電子書籍に続き、順次書店の店頭に並ぶ予定です。

山本謙三著「異次元緩和の罪と罰~私たちはこれからどんなツケを払うのか」(講談社現代新書)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000398973

 

目次
まえがき
第1章 異次元緩和は成功したのか?
第2章 高揚と迷走の異次元緩和 前代未聞の経済実験の11年
第3章 異次元緩和の「罪」その1 すべては物価目標2%の絶対視から始まった
第4章 異次元緩和の「罪」その2 超金融緩和が財政規律の弛緩を生み出した
第5章 異次元緩和の「罪」その3 介入拡大が金融市場をゆがめる
第6章 異次元緩和の「罰」その1 出口に待ち受ける「途方もない困難」
第7章 異次元緩和の「罰」その2 なぜ立ち止まれなかったのか?
第8章  異次元緩和の「罪」その3 国と通貨の信認の行方
第9章 中央銀行を取り戻せ
第10章 中央銀行とは何者か
あとがき

ご関心をお持ちいただけるようであれば、ぜひ書店等でお求めください。

日銀の「基調的な物価上昇率」は本当に基調的なのか ~インフレの過小評価リスクや正常化のタイミングを失するリスク

2024.09.02

日本銀行は、2016年以来、「生鮮食品・エネルギーを除く消費者物価」(いわゆるコアコア消費者物価、以下「コアコア指数」)を「基調的な消費者物価」と呼び、重視する姿勢を示してきた。

 

「展望レポート」(経済・物価情勢の展望)の物価見通しにも、従来の「生鮮食品を除く消費者物価」(いわゆるコア消費者物価、以下「コア指数」)に加えて、20年4月からコアコア指数を参考指標として掲載してきた(ただし、21年4月からの1年間は掲載せず)。

 

24年3月の金融政策決定会合では、消費者物価の基調的な上昇率が「物価安定の目標に向けて徐々に高まっていく」としたうえで、見通し期間終盤(筆者注:2026年度)にかけて「『物価安定の目標』が持続的・安定的に実現していくことが見通せる状況に至った」との理由を挙げ、異次元緩和を解除した。

 

しかし、物価の動向を客観的に眺めれば、コアコア指数が物価の「基調」を表しているようには見えない。エネルギーや生鮮食品を計算から除外するために、物価の判断が歪められているように見えてならない。

 

日銀の今次利上げが意味するもの ~「物価と賃金の悪循環」の可能性にも留意せよ

2024.08.01

日本銀行は、7月31日の金融政策決定会合で、国債買い入れの減額計画とともに、短期金利の誘導目標の引き上げ(0~0.1%から0.25%へ)を決定した。

 

日銀のロジックを追いかけてきたエコノミストにとっては、今回の利上げは意外なものだっただろう。前回決定会合後の経済指標は、GDPギャップのマイナス幅拡大、実質消費支出の低迷、鉱工業生産の低下など、多くのものが小幅の悪化を示していた。

 

また、日銀が「見極める」としてきた「物価と賃金の好循環の強まり」も、実質賃金が26か月連続して前年割れを記録するなど、好循環には程遠い状況にある。

 

それでも、日銀は「経済・物価はこれまでの見通しに概ね沿って推移している」とし、「賃金も、幅広い地域・業種・企業規模において、賃上げの動きに広がりがみられている」との理由をあげて、利上げに踏み切った。

 

エコノミストが混乱するのも無理はない。日銀自身の掲げるロジック自体が変容しているように見える。解釈の難しいところだが、詳しくみてみよう。

日銀の国債購入の減額計画を考える ~大切なのは基本方針と長期ビジョン

2024.07.01

日本銀行は、6月の金融政策決定会合で、国債購入の減額方針を決定した。

 

今年3月の異次元緩和解除の時点で「これまでとおおむね同程度の金額(月間6兆円程度)を買い入れる」としていた方針の変更である(注)。7月末に開催される次回会合で、今後1~2年程度の具体的な減額計画を決めるという。

(注)買い入れ額は、その後の市場動向を踏まえ、わずかに減額されている。

 

従来の「月間6兆円程度の買い入れ」は、日銀が保有する長期国債の満期到来分にほぼ匹敵する金額だった。したがって減額は、買い入れ額が償還額に達せず、長期国債の保有残高が減っていくことを意味する。異次元緩和を解除した以上、妥当な判断だろう。

 

参考1が、2024年3月末時点で保有する長期国債(残高586兆円)の年限別償還金額である。先行き2年間の償還金額は、合計約141兆円、月平均約5.9兆円にある。

「消滅可能性都市」の虚実 ~全国の問題を地方の問題と取り違えてはならない

2024.06.03

本年4月、民間の有識者による人口戦略会議が、「令和6年・地方自治体「消滅可能性都市」分析レポート」を公表した。3ヶ月前に公表した「人口ビジョン2100」に続くレポートで、2014年に日本創成会議が行った試算のアップデート版である。

 

試算結果では、1729自治体中744が消滅可能性都市に該当するという。10年前は、1799自治体中896がこれに当たるとし、多額の財政資金を地方に投入した。いわゆる「地方創生」である。

米国FRBはなぜ利下げに慎重なのか ~外為市場が意識する日米物価格差

2024.05.07

円相場が下落している。4月末には一時1ドル=160円超えまで円安が進んだ。

 

背景には、日米の金融政策の違いがある。本稿では、両国中央銀行のスタンスを少し深掘りしてみよう。

 

米国の物価2.0%は物価安定の分水嶺

米国では、昨年秋に高まった利下げ観測が後退している。たしかに、米国景気は予想以上に強い。

 

コアPCEデフレーター(食料品、エネルギーを除くPCE<個人消費支出>デフレーター)の前年比は、2022年(平均)の5%台から2023年末に3%を切る水準まで低下したものの、年明け後は下げ止まっている。

日銀はなぜバランスシートを切り離せないのか ~これ、すなわち「財政ファイナンス」と呼ぶ

2024.04.01

2024年3月19日、日銀はマイナス金利の解除とイールドカーブ・コントロール(YCC)の撤廃を決めた。植田和男総裁は、金融政策決定会合後の記者会見で「普通の金融政策を行っていく」意向を表明した。次の焦点は、巨額に達した保有国債の対処に移る。

 

今回の決定で、日銀は当面、従来とおおむね同程度(月間6兆円程度)の長期国債買い入れを続けるとした。この金額は、今後到来する償還金額とほぼ同額である。日銀の保有国債残高は、当面、減りも増えもしない。

 

当コラムでは、金融の正常化局面に入れば、早期に保有国債の圧縮プログラムの提示が必要と述べてきた(2024年3月「ETF依存を高める日銀財務の「健全性」」)。長期金利が大幅に上昇する場面での買い増しはやむをえないが、それも例外的、限定的にとどめるべきとの考えだ。

 

これに対し、一部にはより大胆に、現行の日銀バランスシートのほぼすべてを政府に移管し、金融政策は新しい日銀が厳格なルールに基づき運営すべきとの主張がある。

 

もちろん思考実験だが、財政ファイナンス類似の金融調節から決別し、金融政策をオーソドックスなものに戻そうとの趣旨である。日銀保有のETFの含み益や分配金が多額にのぼるため、移管を受けた政府にも当面支障が生じないはずとの見立てである。

1 / 1512345...10...>>