金融経済イニシアティブ

[金融ジャーナル社 「月刊金融ジャーナル」2022年4月号 寄稿] 「決済・預金・貸出」の先にある新しい銀行像

2022.05.05

[本稿は、金融ジャーナル社「月刊金融ジャーナル」2022年4月号 総特集:地域銀行 進化の鍵   Part II「収益多様化への道」への寄稿「「決済・預金・貸出」の先にある新しい銀行像~鍵はプラットフォーム型モデルの「発想」」を、許諾を得て転載するものです。]

 

収益の上がらない銀行業の構図が定着してきた。規制緩和の進む業務範囲に、活路を見いだすしかないだろう。そこでは、プラットフォーム型モデルの「発想」が重要になる。他業と連携して、顧客の課題解決に役立つ機能を基盤上に並べ、柔軟に組み合わせを選べるようにする発想だ。相続支援や事業支援も、基盤上の機能の組み合わせとなる。その先には、非金融業への進出の可能性もある。この場合、銀行の収益向上への道筋はどのように描けるだろうか。

アンバンドリング(分解)が銀行業を変える

銀行が、新しい銀行像の確立を迫られている。人口減少などの様々な環境変化もあるが、最大の地殻変動はデジタル化がもたらす金融機能のアンバンドリング(分解)だ。

従来の銀行サービスは、預金や貸し出しの名のもとに、多様な金融機能を1つの商品パッケージとして提供するものだった。例えば貸し出しは、①借入需要の捕捉②審査③融資契約④資金供与⑤中間管理⑥銀行内部での流動性や金利のリスク管理⑦会計処理などの機能の集合体である。

デジタルは、こうした一連のサービスを個々の機能に分解することを可能にした。さらに、新たな価値を付け加え、これまでとは別の組み合わせをつくることもできる。分解してみれば、個々の機能はほとんどが銀行固有のものではない。誰でも開発し、提供できる。その結果、金融市場では新たな競合と協業が生まれてきた。

フィンテック企業が、人工知能を活用した審査技術を開発し、銀行に提供するようになった。借り入れ需要の捕捉と審査の機能を銀行業から切り出し、中小企業と投資家を直接結びつけるマーケット、すなわちクラウドファンディングも可能になった。

図表が示すように、アンバンドリングは銀行業務をすべての側面から変える。最近の業務範囲の規制緩和も、アンバンドリングで「金融業」と「非金融業」の境界があいまいになったことの帰結である。たしかに、銀行は追い込まれた。しかし、監督当局が「金融」と「非金融」の権衡を保とうとする限り、銀行のビジネス領域はますます広がるだろう。問われるのは、他業の協力を得て、顧客の課題解決にどれほど効果的な仕組みを作れるかである。


図表 金融機能のアンバンドリング(分解)がもたらす銀行業の変化

出所:各種資料から筆者作成。

 

「決済・預金・貸出」の先にあるもの

もちろん、従来の銀行の三大業務である「決済(為替)・預金・貸出」がなくなるわけではない。むしろこれら業務の中にこそ、銀行に比較優位のある機能と情報が存在する。突き詰めれば、①資金決済を通じて取引を完結させる機能②預金を貸し出しに変換する過程で必要となるリスクコントロールの機能③これら機能を遂行する際に得られる企業や家計の情報――になるだろう。

しかし、三大業務には現状大きな弱点がある。1つは、収益がなかなか上がらないことだ。日本銀行による異次元緩和が丸9年となり、預貸金利ざやは縮小した。特に、与信スプレッドの縮小が致命的だ。ハイリスクの運用に傾斜するわけにはいかず、利ざやの改善は基本的に異次元緩和の解除を待つしかないだろう。

もう1つは、非金融業が、本業で得た利益を使って金融業への進出を図っていることだ。例えば、政府がキャッシュレス推進事業を展開した際には、非金融業は赤字覚悟で巨額の還元キャンペーンを行った。流通業者の中には、銀行子会社で住宅ローンを借りた顧客に、関連スーパーでの買い物代金を割り引く例もある。事業者にとっては、本業の顧客囲い込み戦略の一環である。一方、銀行サイドでは、非金融業のキャンペーンに押され、決済手数料や貸出金利が押し下げられる。銀行業が非金融業との規制の権衡を訴える理由である。

しかし、手をこまぬいてはいられない。三大業務で低利益率が続く以上、業務の外延を広げていくしかない。ここでは、プラットフォーム(基盤)型モデルの「発想」が重要となる。緩和された業務範囲にある機能も取り込んで、基盤上に多くの機能を並べ、柔軟に組み合わせを選べるようにする発想だ。ただし、機能を羅列するだけでは競争力を得られない。基盤の中心は、やはり決済やリスクコントロールの機能と情報となる。

決済を例に考えてみよう。従来、企業や家計の代金決済は、1件ごとに口座間で預金を振り替えて完結させていた。しかし、キャッシュレス決済が普及し、取引・決済データが前段階で集約されるようになった結果、預金口座間での決済件数は減少した。

それでも、非金融業が銀行に出資し、金融業への橋頭保を築こうとするのは、預金の移動なしには最終的には取引が完結しないからだ。いま証券会社は、個人顧客のネット売買を取り込むために、代金決済の簡便さや迅速さを売り込んでいる。そのために使い勝手の良い銀行との連携を模索し、銀行もAPI連携でこれに応えようとしている。「組み込み型金融」であるが、そうした連携を支えるのがプラットフォームである。すなわち、銀行業のプラットフォーム型モデルとは三大業務の進化系にほかならない。

 

銀行業のプラットフォーム型モデル

改めて「プラットフォーム」型とは、銀行が提供する基盤の上に、顧客の課題解決に役立つ機能を並べ、顧客が柔軟に組み合わせを選択できるようにするモデルを言う。大掛かりなデジタル基盤が不可欠というわけではない。究極的には人と人をつなぐ多様な「接点」を作り、事業基盤に仕上げるイメージだ。多くの金融機関が目指す「総合コンサルティング」とは、こうした基盤の上に成り立つ。

預金業務の延長線上にある相続支援には、①高齢者の見守り②介護③資産運用④資産管理⑤遺言⑥相続手続き⑦不動産の処分などの機能がある。基盤上では、空き家対策とリバースモーゲージなど、色々な機能の組み合わせが考えられるだろう。銀行が中心的な役割を果たし得る分野である一方、高度の知識に裏打ちされたメニューを用意するには、弁護士や司法書士、税理士などの専門家との連携が欠かせない。

貸し出し業務の延長線上にある事業支援としては、脱「はんこ」や会計ソフト、RPAなど、事務合理化のための機能が挙げられる。さらにビジネスマッチングやM&A仲介、事業承継に関連する機能がある。金融から離れた分野では、地方で急速に深刻化する人手不足への対応として、人材仲介の機能がある。温室効果ガス削減関連の支援も、地域企業への重要なソリューション提供になるだろう。温室効果ガス計測モデルのように、当該行自身のために活用した技術やモデルを一般化して提供できれば、より説得力を増す。

決済関連では、キャッシュレス決済をどう取り込むかが焦点になる。もともと欧米のように、デビットカードを広く普及させていれば、銀行がキャッシュレス決済の主導権を握れただろう。しかし、完全に出遅れた。現時点では、独自コインの開発や「組み込み型金融」の拡充に活路を見いだそうとする動きが活発になっている。

 

‟その先”にある非金融業の可能性

さらにその先には、非金融業そのものへの進出がある。萌芽は、地域商社の設立というかたちで実現しつつある。事業会社が銀行業に参入してくる以上、銀行自身の非金融業参入も避けて通れない課題だ。まずは、基盤上で非金融業のサービスを一部に取り込んだ金融サービスを提供し、その先に銀行機能を一部に取り込んだ非金融サービスの提供を探ることになるだろう。

銀行収益の観点からは、①従来の金融機能に新たな価値を付加することで得られる収益(銀行サービス)②プラットフォームの提供により他業や顧客から得る収益(利用料)③非金融業のサービスを一部に取り込んで、金融機能との組み合わせの提供から得る収益(金融サービス)④非金融業そのものから得る収益(非金融サービス)、といった段階を踏んで進化していくことになる。

この場合、銀行業として負えるリスクの範囲はどこまでか、その際、どのようなリスク管理の態勢が必要となるかが、重要な検討課題となる。規制緩和がどのようなスピードで進むかは監督当局次第だが、金融業と非金融業との権衡を保とうとする限り、規制緩和が現状にとどまることはないはずだ。銀行はさらなる準備を進めておく必要がある。

 

規制業種の発想からの脱却を

プラットフォームの提供には、留意点も少なくない。

第1に、プラットフォームの差別化が欠かせない。銀行も証券会社も事業会社も、誰もがプラットフォーム型ビジネスを模索している。単に多くの機能を並べるだけでは、収益は上がらない。グーグルがグーグルマップを公開し利用者数を飛躍的に伸ばしたように、あるいはアマゾンがプラットフォームの一部をクラウドサービスとして利用者に開放したように、差別化の工夫がどうしても必要となる。

第2に、新しい機能の提供は「まずはやってみて、うまくいかなければ早めにやめる」覚悟が必要だ。海外プラットフォーマーを観察すると、新しい事業を次々に手掛けては、うまくいかないと見るやすぐに撤退している。邦銀になじみのない企業文化だが、こうした柔軟かつ機敏な対応が欠かせない。

第3に、規制業種の発想から脱却し、自ら新しいビジネスを探索する覚悟が不可欠となる。銀行業は、これまで典型的な規制業種だった。新しい業務を始めるには、事前に認可を取得する必要があった。しかし、どのような業務に認可が得られるかが定かでなければ、人材や資金は投入しにくい。認可を得るのに時間がかかれば、創業者利得も失われる。個別銀行にとっては、新しいビジネスを探索する意欲が湧きにくい状況にあった。

金融庁は、こうした銀行の「後ろ向きの姿勢」をしばしば批判してきたが、規制業種と非規制業種の置かれた立場を踏まえれば、姿勢の差は当局の運用姿勢そのものの反映である。しかし、金融庁自身が運用姿勢を大きく変えようとしている。その成否は、①認可の予測可能性が上がること②認可の判断に時間をかけないこと③機能別の規制を重視し、銀行業と非銀行業の競争上の権衡を保つことにかかる。

大手行であれ地域金融機関であれ、競争相手は他行や他の金融業だけでなく、事業会社に広がる。問われるのは、銀行内部に新たなビジネスを発想する力があるかどうかだ。銀行は、いま岐路に立っている。

以 上