金融経済イニシアティブ

錯覚の多い「アベノミクス・異次元緩和」のパフォーマンス評価

2022.07.01

先月、岸田文雄内閣が今年度の「骨太の方針」を決定した。方針策定の過程では、安倍晋三元首相から批判的な意見が寄せられたと報じられている。しかし、当事者の意見の中にも「アベノミクス・異次元緩和」のパフォーマンスに関する錯覚が多い。

 

「デフレ脱却に大きな効果があった」

 

「アベノミクス・異次元緩和」の成果として最も強調されてきたのが、「デフレ脱却に大きな効果があった」だろう。

 

デフレ(デフレーション)を「物価指数が下落を示している状態」と定義すれば、たしかに「アベノミクス・異次元緩和」の開始後、物価指数の下落期間、回数は減った。

 

消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)が前年同月比マイナスを記録したのは、2003~12年の10年間で77カ月に対し、2013年1月~22年5月の9年5カ月では18か月にとどまる。

 

ただし、物価指数の小幅のマイナスとプラスにどれほど大きな違いがあるかは、議論の余地がある。物価指数の作成には、統計技術的な要素が多く含まれるからだ。日米の物価指数に常に格差があるのは、作成方法の違いも大きい。

 

両者に決定的な違いがあるかどうかを知る最も確実な方法は、実質成長率の変化を見ることだろう。「デフレは望ましくない」とする議論の背後には、必ず「デフレは景気の悪化を伴う」との見方があるからだ。

 

参考1は、「アベノミクス・異次元緩和」の開始前10年と開始後10年の実質成長率を比べたものである。なお、今年度(2022年度)に関しては4月の「日銀見通し」を当てている。同見通しは、新型コロナウイルスの感染鎮静化に伴う反動増を見込む。(注)

 

(注) 安倍政権は、2012年末から2020年8月まで続いた。このため20年度までを一つの区切りとする考えもありうるが、それでは新型コロナショックの最も厳しい時期だけを取り込んでしまうことになる。このため、本稿では新型コロナショックからの回復過程を織り込む22年度までを区切りとして、試算している。

 

(参考1)「アベノミクス・異次元緩和」開始前後の実質成長率の推移

(出典)内閣府「国民経済計算」を基に筆者作成。

 

参考1から観察される事実は、次のとおりだ。

 

(1)「アベノミクス・異次元緩和」の開始前と開始後では、実質成長率はほとんど変わらない。開始前の10年が年平均0.63%の成長であったのに対し、開始後は同0.66%である。

 

(2)両期間をみると、実質成長率の変動パターンは似ている。「順調な回復の前半5年」と「停滞の後半5年」の組み合わせである。

① 2003~07年:金融システム不安の後退と世界的なバブル発生を背景に、景気が回復。

② 2008~12年:リーマンショック、東日本大震災の発生に伴い、景気は停滞。

③ 2013~17年:東日本大震災後の復興需要増と円安の進行を背景に、景気が回復。

④ 2018~22年:新型コロナウイルスの感染拡大を背景に、景気は停滞。

 

(3)「アベノミクス・異次元緩和」がデフレ脱却に大きな効果をもたらしたと信じられてきた理由は、上記②のリーマンショック、東日本大震災の発生に伴う停滞期から、③の景気回復期にジャンプした鮮烈な印象があるからだろう。

 

(4) しかし、「アベノミクス・異次元緩和」も、時間の経過とともに停滞に向かった。新型コロナショックの影響も大きいが、成長率の鈍化はすでに2018年度から始まっている。

 

こうしてみると、「アベノミクス・異次元緩和」開始後の物価指数のプラス転化が、実体経済に決定的な変化をもたらしたようには見えない。少なくとも「デフレ脱却に大きな効果があった」とするのは、過大評価だろう。

 

「雇用を大幅に増やした」

 

当事者が強調する「アベノミクス・異次元緩和」のもう一つの成果は、雇用を大幅に増やしたというものだ。雇用の増加は事実だ。2013年から21年の9年間に、就業者は433万人増加した。

 

にもかかわらず、上述のとおり実質成長率はそれ以前とほとんど変わらない。これは、労働生産性(実質GDP / 就業者数)の伸びが低下したことを意味する。

 

算術的にいえば、実質成長率は、就業者数の伸びと労働生産性の伸びの和に近い。実質成長率が変わらなかったのは、労働生産性の伸びの低下が就業者数の増加を相殺したからにほかならない(参考2参照)。

 

(参考2)実質GDP伸び率と労働生産性の推移

(出典)内閣府「国民経済計算」World Bank “GDP per person employed (constant 2017 PPP $)を基に筆者作成。

 

労働生産性の伸び低下の背景にはデジタル化の遅れなどがあるが、目に見える現象としてはパート、アルバイトなど非正規形態の就労増加があげらえれる。2013年から21年にかけて、非正規形態の就業者は259万人増加した。就業者全体の増加の6割を占める。

 

現象面ではパート・アルバイトの短時間労働が増えた結果、就業者の増加ほどには成長率は高まらなかったということだ。「アベノミクス・異次元緩和」の成果として雇用の増加を主張しながら、生産性の低下を語らないのは一面的にすぎる。

 

真の課題は生産性の伸び低下

 

日本経済の真の課題は、労働生産性の伸び低下である。就業者1人が稼ぎ出す付加価値が伸びない。足元で賃金が上がらないのも、このせいだ。

 

アベノミクスは「新自由主義」と称されることがあるが、誤解だろう。第3の矢である規制改革は、打ち出しほどの成果はなかった。巨額の財政赤字と超緩和的な金融政策は、市場機能と競争原理を歪めた。むしろ市場経済からの離反が進んだ時代だった。

 

日本の生産年齢人口(15~64歳)は、2045年ごろまで、総人口を上回るペースで減少を続ける。生産年齢人口の比率が低下する中で、国全体の人口を養っていくには、一人の働き手の稼ぎを増やすしかない。

 

生産性が上がらなければ、国民の生活は貧しくなる。岸田政権が取り組むべき課題は、生産性の向上だ。その実現なしには、分配に回す資金も出てこない。「新しい資本主義」というよりは、まず、市場経済に根差す「資本主義」の基本に立ち返ることが重要ではないか。

 

以 上

 

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