金融経済イニシアティブ

金融不安を招いた「平均物価目標2%」へのこだわり ~引き締め遅れで急激な利上げを余儀なくされたFRB

2023.04.03

シリコンバレー・バンク(SVB)やクレディスイスの蹉跌(さてつ)をきっかけに、世界の金融市場が動揺している。米国、スイスの監督当局も、市場の不安を鎮めようと、大規模な緊急対策を打ち出した。

 

SVBをはじめとする米国の中堅地銀の急激な預金流出を眺め、議論は金融規制のあり方に向かいそうだ。しかし、原因はこれだけではない。

 

大幅かつ連続的な利上げを行わざるをえなくなった米国FRB(連邦準備制度理事会)の政策ミスは、見逃せない。2020年夏に掲げた「平均物価目標2%」への固執が、大幅な引き締め遅れをもたらした。

 

FRBが物価の上昇を「一時的」と見誤ったとする説があるが、少なくとも当初は、平均2%目標を意識して物価の上昇を「見守って」いたのである。その後の急激な利上げは、引き締め遅れを挽回するためのものだった。

 

「2%はグローバルスタンダード」との説があるが、「物価2%目標」は実は未熟である。以前のコラム(2022年12月「物価目標「2%」の見直しはなぜ必要なのか~米国の現実を直視せよ」)でも触れたが、改めて何が起きたかを確認してみよう。

 

米国の妥当な物価目標水準は「1%台」か

 

FRBが正式に物価目標政策を導入したのは2012年だが、1990年代後半から物価目標を意識した政策がとられていたとする見方は根強い。

 

2012年1月、FRBは「長期的な物価目標(a longer-run goal of inflation)」として、個人消費支出(PCE)デフレーターの前年比2%を掲げた。また、毎回の政策決定に当たっては、短期的に振れの大きい食品とエネルギーの価格を除く「コアPCEデフレーター」を重視するとした。

 

参考1は、コアPCEデフレーター(暦年ベース)の前年比の推移である。高インフレが収束した1990年代半ば以降、ほとんどの年が1%台だった。

 

96年以降の27年間で、前年比2.0%を超えたのは、わずかに①2005~07年と②21~22年の2回、計5年だけである。前者はリーマンショックにつながるバブル期、後者は今回の物価高騰期であり、決して良好な経済パフォーマンスではない。

 

あと知恵でいえば、良好なパフォーマンスと整合的な米国の物価上昇率は、1%台のように見える。もっとも、従来は大きな問題とならなかった。FRBが掲げる2%はあくまで「長期的な物価目標」であり、1%台が長く続いたとしても許容範囲と受け止められていたからだろう。

 

(参考1)米国コアPCEデフレーターの前年比推移

(出典)セントルイス連邦準備銀行「FRED(経済データ集)」を基に筆者作成

 

「平均物価目標2%」の導入が致命傷に

 

事態を劇的に変えたのは、新型コロナウイルスの感染拡大だった。2020年前半、失業率は大幅に上昇し、コアPCEデフレーター(季節調整済み前月比)も一時マイナスに陥った。巨額の財政資金が投入され、FRBも政策金利の引き下げとともに、量的緩和政策を復活させた。

 

さらにFRBは、20年8月、従来の物価目標政策を改め、「平均物価目標(flexible form of average inflation targeting)」の導入を表明した。「一定期間の平均で物価目標の達成を目指す」とする考え方で、2%を下回る物価が長く続く場合には、その後しばらくの間2%をある程度超えるインフレ率(moderately above 2%)の実現を目指すというものだった。

 

この方針が、裏目に出た。コロナ感染が一服した21年春には国内需要は急回復し、供給不足と相まって物価は上昇に転じた。それでも、FRBは「平均物価目標」の方針に従い、大規模な金融緩和を継続した。

 

結局、利上げを開始したのは、ロシアによるウクライナ侵攻後の22年3月だった(量的緩和の縮小開始は21年11月)。このころには物価の上昇には弾みがついており、インフレ率の高騰が避けられなくなった。

 

半年から1年近い引き締めの遅れ

 

参考2は、季節調整済みコアPCEデフレータ―の前月比年率を示したものである。客観的にみれば、遅くとも2021年秋には引き締めを開始していておかしくなかっただろう。引き締めへの転換は、「2%の平均物価目標」の方針に引きずられ半年から1年近く遅れた印象にある。

 

(参考2)米国コアPCEデフレータ― 季節調整済み前月比年率の推移

(出典)セントルイス連邦準備銀行「FRED(経済データ集)」を基に筆者作成

 

この結果、FRBは2022年春以降、政策を急旋回せざるをえなくなった。利上げに躊躇(ちゅうちょ)すれば、ボルカ―元FRB議長の登場以来築き上げてきた物価安定の基盤を損ないかねない。

 

今次金融不安は、急激な利上げに伴い、米国地銀の保有有価証券に巨額の含み損が発生し、これが預金の流出を引き起こしたとされる。それでもFRBは、3月のFOMC(公開市場操作委員会)で0.25%の短期金利引き上げを決定した。金融不安に対処しつつも、物価の上昇には妥協を示せない状況に追い込まれている。

 

「デフレ阻止のための量的金融緩和」に対する懐疑

 

FRBを「2%の平均物価目標」導入に駆り立てたのは、経済がデフレに陥ることへの懸念だっただろう。「日本経済の停滞の原因は、長引くデフレにあり」との見方が広く信じられてきたために、FRBもデフレ回避への断固たる姿勢を示そうとしたことは想像に難くない。

 

しかし、物価指数のわずかなマイナスを「デフレ」と強調し、経済停滞の元凶とした議論は、どれほど実体のあるものだったのだろうか。

 

日本の異次元緩和の導入に至る経緯は、政治色の濃いものだった。異次元緩和の10年を経て、経済停滞の原因が金融緩和の不足や物価指数の下落にはなかったことも、はっきりした。

 

ラグラム・ラジャン シカゴ大学教授(元インド準備銀行総裁)は、今回の金融不安の発生以前に書かれた論文の中で、米国の量的緩和政策が財政支出や市場機能に及ぼす影響について強い懸念を表明している(IMF季刊誌2023年3月 Raghuram Rajan “Less is More; More focused, less interventionist central banks would likely deliver better outcomes”)。

 

要旨は次のようなものである。

 

(1)量的緩和政策は、実体経済への効果に疑問があるうえに、クレジット市場や資産価格、流動性に歪みをもたらしている。また、出口の難しい政策である。

 

(2)デフレスパイラルに陥らない限りは、中央銀行は低インフレを過度に心配すべきではない。日本の成長率や労働生産性の鈍化も、長期にわたる低インフレが原因ではなかった。

 

(3)中央銀行は、金融システムの安定をもっと重視する必要がある。低インフレへの対応(としての量的緩和)が、資産価格の高騰やレバレッジの拡大をもたらし、金融システムの不安定の可能性を高めている。

 

(4)中央銀行による介入は少ない方が、ーー現在我々がいる高インフレ、高レバレッジ、低成長の世界よりも、ーーおそらく良好な結果をもたらすだろう。

 

物価2%目標の見直しを

 

もともと、2%の物価目標を疑問視し、中央銀行はもっと金融システムの安定に目を配るべきと主張していたのは、ボルカ―元FRB議長だった。

 

しかし、今回FRBは、2%の平均物価目標を掲げ、大幅な引き締め遅れを起こした。その結果として、急激な金利引き上げを行わざるをえなくなり、金融不安を招いた。

 

現実を直視する必要がある。

 

大胆な金融緩和に伴う市場機能の低下、財政規律の緩み、金融システムの弱体化といった問題は、日米共通の課題である。「物価2%はグローバルスタンダード」というマジックワードに、いつまでも引きずられてはならない。

 

物価目標2%を見直すこと、少なくとも2%目標を絶対視する政策を早くやめることが必要だ。

 

以 上

 

[関連コラム]

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