金融経済イニシアティブ

グローバル・チェーンに占める日本企業の立ち位置をさぐる ~付加価値ベース貿易統計が示唆するもの

2013.12.02

わが国のグローバル・バリュー・チェーンへの関与は低い

OECD(経済開発協力機構)とWTO(世界貿易機関)が共同で、付加価値ベース貿易統計の公表を始めている。従来の貿易統計とちがい、貿易財やサービスに含まれる付加価値を、どの国がもともと創出したかに遡って記録するものだ。

たとえば、A国が付加価値100の財を生産しB国に輸出、B国がさらに10の付加価値を加えてC国に再輸出したとしよう。従来の貿易統計では、A国からB国への輸出100、B国からC国への輸出110が記録される。一方、付加価値ベース貿易統計では、A国からC国への輸出100、B国からC国への輸出10となる(参考1)。付加価値がどの国で生み出され、どこで付け加えられ、最終的にどの国で消費されたかを示すもので、世界的なバリュー・チェーンを把握しやすい。

 

参考1:付加価値ベース貿易統計の考え方

   出典:OECD “Interconnected Economies: Benefiting From Global Value Chains” を基にNTTデータ経営研究所が作成

 

この統計をみると、日本はかなり例外的な位置にあることがわかる。すなわち、中間財の輸入割合(総輸出に占める海外創出付加価値の割合)がきわめて低い(参考2)。OECDは、この割合をグローバル・バリュー・チェーンへの関与率の一つとして定義しており、これに従えば、日本はバリュー・チェーンへの関与が低い国ということになる。この特徴は、従来「自賄い型」あるいは「垂直統合型」と称されてきた、わが国企業の生産構造に符合するものだ。ちなみに、日本と同様、中間財輸入の少ない国には、米国、オーストラリア、ロシアなどがあるが、いずれも資源国である。日本のように、少資源国で、中間財から完成品の生産までをほとんど自賄いしている国は、他になかなか例をみない。

 

参考2:各国の総輸出に占める海外創出付加価値の割合

(注1)OECDの定義によれば、グローバル・バリュー・チェーンへの関与率(総輸出対比)は、①(輸入した)海外創出付加価値の割合と、②国内で付加価値を創出し、輸出先でさらに付加価値が付け加えられ再輸出された割合の2種類からなる。ここでは、わが国に特徴的な前者を掲げている。
(注2)ここでは、OECDのデータベース “Total domestic value added share of gross export”(総輸出に占める国内創出付加価値)に基づき、海外創出付加価値の割合を計算している。
出典:OECD-WTO “Trade in Value Added May 2013” を基にNTTデータ経営研究所が作成

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情報通信技術の革新が生産基盤のグローバル分散を促進した

こうした「自賄い型」の生産構造は、戦後のわが国経済を支えてきた一要素だったといえる。輸送コスト、情報コストが大きい時代には、同一場所で一貫生産できることのメリットは大きかった。しかし、90年代に入り事態は大きく変わった。新興国における労働の質の向上や輸送コストの低下に加えて、情報通信技術(ICT)の革新が起こった。ICTのおかげで、世界のどこに高品質、低コストの生産を行う能力があるかを容易に見つけられるようになった(サーチコストの低下)。また、遠距離であっても、部品間の仕様の調整等を齟齬なく行えるようになった(調整コストの低下)。このことが、日本企業の競争力の源泉とされてきた一貫生産のメリットを大きく後退させてきた。

こうした環境変化のもとで、世界のグローバル企業は、いち早く生産基盤の世界的な分散を図った。スマートフォンに限らず、多くの財・サービスは、もはや“Made in X国”ではなく、 “ Made in the World”と呼ぶべき存在となっている。OECDは、これを踏まえて、「企業活動の成否は、輸入能力(高品質、低コストの中間財等を世界中から集める能力)にも多くを依存するようになってきた」と結論づけている(OECD “ Interconnected Economics : Benefiting From Global Value Chains” )。

グローバル・チェーンへの関与をさらに高めよ

もちろん、わが国企業も手をこまぬいていたわけではない。日本も、委託生産や現地法人の設立により、海外での中間財生産を増やしてきた。この結果、中間財の輸入割合(総輸出に占める海外創出付加価値の割合)は、95年の7%から09年には15%まで上昇した(前掲参考2)。その影響は下請け先である中小企業にも及び、中小企業の工場海外移転は大企業の伸びを凌駕する勢いで増加してきた(2013年11月「高齢化が変える企業構造」 参照)。

しかし、この間の韓国、中国のグローバル分散のスピードは、日本をも上回るものだった。この結果、日本は両国にむしろ水をあけられた。このことが、テレビや携帯電話などの競争力の差につながったようにみえる。

ここで注意を要するのは、「日本企業は、長期にわたる円高の結果競争力を失い、生産基盤を韓国や中国に奪われた」とする見方が誤りであることだ。実際には、韓国や中国は、日本以上に生産基盤を国内からグローバルに分散してきた。「円高で生産が韓国や中国の国内拠点にシフトした」といった単純な話ではない。中国の場合は、これが、繊維産業等から電子産業等への産業構造の転換とともに生じた(OECDカントリーノート)。世界的な生産構造の変化は、日本の完成品の競争力を低下させた反面、日本から韓国、中国への部品輸出を増加させる効果ももったことに留意しておきたい。

このように、生産基盤のグローバル分散が企業の競争力を左右するとすれば、わが国はグローバル・チェーンへの関与を一層強める必要がある。わが国の場合、グローバル・チェーン関与の絶対水準は依然低く、グローバル分散によってもたらされる競争力強化の余地は小さくない。

残る問題は、生産拠点グローバル分散後の国内雇用だ。詳しくは別稿に譲りたいが、もちろん、製造過程のすべてが日本から海外に出ていくわけではない。付加価値の高い部品、とくに競争力の源泉となる基幹部分は、最後まで国内生産が維持されよう。あわせて、今後は「サービス」が生み出す付加価値を重視し、「サービス」の提供による財の付加価値の向上を目指す必要がある。ここで「サービス」とは、流通、輸送、情報・通信、金融、対事業所サービスなどを言い、コンサルティング、設計、プロジェクト・マネジメントなどもその範疇に含まれよう。

こうした「サービス」分野に比較優位をもつのは、日本をはじめとする先進国である。OECDによれば、先進国の輸出製品に含まれる付加価値は、5割程度が「サービス」から生み出されたものと言う。グローバル・バリュー・チェーンへの関与を強めるとともに、「サービス」提供による付加価値向上を目指すこと。これこそが、日本経済の真の構造転換と国内雇用の維持をもたらすはずだ。

以 上

 

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