金融経済イニシアティブ

三つ子の魂百まで ~小さなころの残念な思い出

2026.01.05

小学生の時代を過ごしたのは、昭和30年代後半だった。

百貨店の屋上にある遊園地で遊んだあと、食堂でランチを食べるのが極上の幸せだった。

 

貧しかったが、大人も子供も満足していたように思う。

敗戦から立ち直り、日々食べていけるだけでありがたかったのだろう。

 

蚊帳の海で泳ぐ

 

記憶の中心は、なぜか浅葱色の蚊帳である。

 

朝になると蚊帳を落とし、布団を片付ける。

その際、蚊帳の上にダイブして泳ぐのが常だった(泳ぐ真似をしていた)。

当時、蚊帳の海を泳がなかった子供はいなかったのではないか。

 

蚊帳の中に蚊が侵入したときは、一騒動だった。

嫌がらせのように耳元を飛び回り、羽音を響かせる。

彼らにとっては、格好の餌食が無防備に横たわっているといったところか。

 

おちおち寝てはいられない。

灯りを点け、捕らえようとするが、簡単には見つからない。

 

結局、うまくいったのか、いかなかったのか。

記憶は定かでないが、これぞ「日本の夏」だった。

 

駄菓子は健在なり

 

遠足といえば、楽しみはなんといってもお菓子だった。

 

学校から総額が指定され、その範囲内で小遣いで買って、持参するのだった。

一人100円か150円ぐらいだったように思う。

板チョコなどを買うと、すぐに予算オーバーとなるので、慎重な検討が必要だった。

 

▽グリコのキャラメル:私には、いまだに「一粒300メートル」の正確な意味が分からない。

▽都こんぶ:遠足の常用品。

▽カルミン

▽オレンジ味の風船ガム

▽ボンタン飴

▽マーブルチョコレート:その名を聞けば、必ず上原ゆかり嬢を思い出す。

▽カバヤの粉末ジュース、、、

 

懐かしさで涙が出てきそうだが、カルミンと粉末ジュースを除き、どれも健在だという。

スーパーの駄菓子コーナーで見かける度に、ついつい手を出してしまう。

小さい頃の味覚と記憶は一生もの。

三つ子の魂百まで、である。

 

「当たり」が2枚続いたら、、、

 

小学3、4年のころだったと思う。

近所の駄菓子屋で、当たり券付きのお菓子を買った。

「当たり」が出れば、もう1個同じ菓子がもらえる仕組みだった。

 

その日、私はツイていた。

お菓子の袋を開くと、見事「当たり」だった。

当たり券を駄菓子屋のおばさんに渡し、もう1個もらった。

 

もらった1個もまた、「当たり」だった。

意気揚々とおばさんに渡すと、「おまけでもらった商品の『当たり券』は無効だ」と言う。

幼気(いたいけ)な私は、そのままとぼとぼと帰宅した。

 

以後60年、いまもって釈然としない。

 

店の仕入れたお菓子の中には、一定の割合で「当たり券」が仕込まれていたはずだ。

20個の仕入れの中には必ず2個当たりがある、といった具合である。

 

別の人が2個目を当てようが、私のようにおまけで2個目を当てようが、トータルの確率10%に変わりはない。

「おまけでの『当たり』は無効」とすると、店に不当な利益が生まれる。

おまけだろうがなかろうが、当たりは当たりとするのが公平な取り扱いではないか。

 

痛恨の一事だった。

もし、神様が臨終間際に3つの願い事を叶えてくれるのなら、一つはあの場に戻って、「おまけでも、『当たり』は『当たり』だ」と主張したい。

 

三つ子のうらみ百まで、である。

 

 

(イラスト:鵜殿かりほ)