金融経済イニシアティブ

危険物処理班、出動す

2023.12.01

わが家に郵便小包が届いた。

25年ほど前のことだ。

横25センチ、縦20センチ、高さ12センチほどだっただろうか。

送り主の住所、氏名は書いてあるが、心当たりがない。

 

中身はどうも「缶」のようだ。

送り主みずからが包装した様子である。

一体、これはなんだ?

 

まさか、とは思うが、爆発物ではないだろうな。

少し前には、ドイツの大手銀行頭取が爆殺される事件もあった。

 

なにか人から恨まれることがあっただろうか?

ない、、、いや、ないはずだ、、、おそらく、ないと思う、、。

 

しかし、疑い出すと、恨みを持ちそうな顔がぽつぽつと浮かぶ。

絶対ないと断言できないのが、残念なところだ。

 

危険物を持ち出す

 

狭いながらも、小さなわが家だ。

子どもたちもまだ小さい。

万一のことがあってはならない。

では、どうする??

 

ふと思い出したのは、近くに住む妻の実家だった。

あそこならば、多少なりとも広いし、大きめのベランダもある。

早速、子どもたちが小学校に行っている土曜の午前に、妻とともに「ブツ」を運ぶ。

 

到着後、妻と両親を遠ざけ、ベランダに小包を運ぶ。

いつもであれば、クモやゴキブリの処理は妻に任せる私だが、爆発物となると、さすがに私の出番か。

 

まずは、どうやって包装紙を取り除くか。

残念ながら手元には適当な道具がない。

多少なりとも使えそうなのは、孫の手ぐらいである。

 

ホフク前進。

 

孫の手と長尺の定規をもって、「ブツ」を揺らさぬよう注意しながら、包装紙を引き裂いた。

それでも、すぐには何も起きなかった。

姿を現したのは、昔であれば「おかき」でも入っていそうなブリキ缶である。

 

開梱を試みる

 

ますます怪しい。

蓋を開けたとたんに時限装置が作動して、、、なんてことはないだろうな。

 

しかし、蓋はセロテープでしっかりと固定されていた。

孫の手では太刀打ちできない。

むむ。

 

意を決して、中を揺らさぬよう細心の注意を払いながら、セロテープをはがしにかかった。

要すること、約2分。

なんとか全部はがれた。

 

依然、何も起こらない。

 

だが、蓋を開ける作業がまだ残っている。

「蓋を開けたとたんに、ドカン、、、なんてね」独り言をつぶやく。

 

妻と両親は、遠く離れた場所から私の作業を見守っている。

ここは私が犠牲になるしかないか。

とほほ。

 

改めて、慎重に、、蓋を開ける。

かかること約2分。

蓋が全部外れた。

 

ここでも、何も起こらなかった。

 

いったん後ずさりした場所から、おそるおそる中を覗く。

中には、ビニールの小袋が整然と並んでいるようだった。

もう少し近づかないと、確認できない。

 

おそるおそる摺り足で近づき、中を覗いてみる。

 

袋の中は、、、、、、、、「おかき」だった。

ん!?

 

顛末

 

中に手紙があり、ようやく真相が分かった。

 

さかのぼること、3か月ほど前。

パリへの出張で、深夜、空港からリムジンバスでパリ市内に向かっていた。

泊まるホテルは、終点から徒歩10分程度の場所だった。

 

バスを降りると、同乗していた日本人から声をかけられた。

おそらく同じ飛行機に乗っていたのだろう。

 

話を聞けば、次のようなことだった。

 

「自分は、大学の助手(院生?)で、今般パリで1泊して、明日アムステルダムの学会に向かう。

海外渡航は初めてで、英語も得意でない。今晩泊まるホテルも予約していない。

旅費の制約上、安いホテルを探さなければならない。ついては、あなたのホテルの宿泊代を教えてくれないか。安ければ、そこで交渉してみたい。」

 

私の宿泊先は決して高いホテルではなかったが、彼の期待する値段ではなかった。

彼「では、これから近くで安いホテルを探したい。ムリを承知でお願いするが、ホテル探しに付き合ってもらえないか。」

 

パリにホテルは多いが、深夜の時間帯に探すのは大変だろう。

どう見ても苦学生である。この際、付き合うことにした。

 

終点近くのホテルを3軒ほど回った。

彼の希望する安宿は見つからなかったが、なんとか折り合いのつくホテルに決まった。

 

彼「本当にありがとうございました。念のため、住所とお名前を教えていただけないでしょうか」

 

固辞したが、ここで押し問答を続けていては、こちらのホテル到着が遅くなるばかりだ。明日は早い。

とりあえず、ノートに住所、氏名を書いて、別れた。。。

 

おぉ、そうか。それだったか。

すっかり忘れていた。

そういえば、こちらは、相手の名前も聞いてなかったな。

 

お茶、お茶

 

遠くから見守っていた家族を呼び寄せ、安心するよう伝え、お茶を淹れてもらった。

早速もらった「おかき」の袋を開け、みなに事の真相を話す。

 

私「それもこれも、こうしておいしい「おかき」を賞味できるのは、すべて私の人柄のおかげであるな」

 

妻「そんなことより、あなたのソノ人騒がせな人柄を何とかしてください!」

 

(イラスト:鵜殿かりほ)