金融経済イニシアティブ

人柄を知る「慣習の改革」 ~B版からA版に

2023.02.01

根付いた慣習を変えるのは、難しい。

経済学に「経路依存性」あるいは「QWERTYの法則」と呼ばれる理論があるぐらいだ(末尾脚注参照)。

1993年4月、政府は一大改革に打って出た。国際化の一環として、行政文書をB版からA版に切り替える作業だった。

 

規程の差し替えはどぅすんだ?

 

当時勤務していた職場でもA版化の方針が決まり、プロジェクトを担当することになった。

現場にしてみれば、目に見えるメリットが少ないわりに、面倒の多い作業だっただろう。

例えば、規程集の差し替えがあった。

 

各職場には、業務の手続きなどを定めた規程集がある。

当時の職場は、規程を管理する部署がタイプライター室に依頼し原版を作り、印刷して関係部署に配布していた。

規程の改正が一部にとどまる場合は、変更あるページだけを印刷し、各部署に差し替えを依頼していた。

 

従来の規程集はB5版だ。柔軟に版組みできるワープロは、まだ普及していない。全職場の規程集をタイプし直すことなど、到底考えられないことだった。

 

私「んなわけで、だな。一部改正のときは、変更ページだけをA版に差し替えていって、改正ページが溜まってきたところで、全ページを一挙に差し替えるってのは、どぅだ。いい考えだろ」

担当者「はぁ?し、しかし、ですよ。B5版の規程集に、1ページだけA4が混じるのはおかしくないっすかぁ」

私「ん?そうかぁ、、、そこはそれ、慣れの問題だろ」

担当者「いやいや、A4ページの上端と右端だけ、外に飛び出すんすよ。慣れの問題ってわけにゃあ、いきませんぜ」

私「そぅかなぁ?じゃ、A4ページをB5サイズに折り畳んでみるか」

担当者「いやいや、それじゃ分厚くなって、もっと収拾がつきませんって」

私「ふむ、じゃ。表紙、裏表紙、背表紙の台紙はA4にして、目立たなくしてみるか」

担当者「いや、その。。目立つ、目立たないじゃなくて。それじゃ、実態は変わりませんって。。。」

私「ふむ。どぅも君は、都合の悪いことに目をつぶる勇気がないようだな」

担当者「はぁ?。。。。んじゃ、全ページをA4に拡大コピーするってのはどうでしょう?」

私「むむ。。。なかなか鋭い。しかし、B5用のフォントがやたらに大きくなるってのは、いかにもアホっぽいな」

担当者「そうっすかねぇ、、、そこはそれ、慣れの問題でしょ」

私「ん?」

 

そんなこんなで、大騒ぎである。

 

このほかにも、一括購入していたB版用紙の在庫がまだ残っていた。

在庫を使い切るためにも、93年4月からすべてを整然とA版に切り替えるわけにはいかなかった。

 

この期に及んで人柄を知る

 

慣習の改革は、それぞれの人柄を知る機会でもあった。

 

92年12月(施行の3か月前)

担当者「山本さん、たいへんっす。某支店のA支店長が、難しいことを言ってるようで」

私「ん?あの支店長は「進取の精神」の代表みないな人だぞ、どぅした」

担当者「はぁ、支店長はこの話には大賛成だそうで」

私「だろ、で?」

担当者「はぁ、で、「明日からA版に切り替えろ」と部下におっしゃってるようで」

私「はぁ?明日から?まだ3か月先の話だ」

担当者「えぇ、それを承知で、「この支店だけでもいいから、明日から変えろ」とおっしゃってるようで」。。。」

私「いや、まだB版在庫が残ってるし。。。あ~、めんどくせぇ。。。」

 

93年2月末(施行の約1か月前)

 

担当者「山本さん、たいへんでっす。某局のB課長が、、、」

私「ん?」

担当者「課長が、これはいい話だから、全面的に協力せよ、、、と」

私「おぉ!、それは有難い。で?」

担当者「で、「あちらの局は3月31日まではB版、4月1日をもってすべてA版に切り替える」とのお達しを局内に出したいと。。。」

私「あ、そりゃ、いかん、まだB版の在庫が残ってる」

担当者「はぁ、そう伝えたんですが、、、どうしてもそうしたい、と」

私「ふむ、厳格一筋の人だからな、、、って、めんどくせぇ。。。」

 

93年3月末(施行直前)

担当者「山本さん、たいへんっす。某局のC課長が「おれはB版が好きなんだ」とおっしゃってるとやら」

私「ん?彼は職場切っての柔軟な人物だがな」

担当者「はぁ、だからプロジェクトはプロジェクトで進めてもらえばよいとも、おっしゃってるようで」

私「で、どうしろと」

担当者「えぇ、「当分の間、B版の併用を認めよ」とのことのようで」

私「ふ~む。。。。うむ、それは、いい話じゃないか」

担当者「えっ??」

私「B版在庫はあとどれぐらい残ってる?」

担当者「え~と、150冊ぐらいっすかね」

私「んじゃ、課長のところに行って、「ご指導に従い、当面併用させていただきます」とか何とかおだてて、100冊置いてこい」

担当者「はは、合点承知」

 

しばらくして、担当者戻る。

 

担当者「いやぁ、うまくいきませんでした」

私「ん?どぅした?喜んでもらえただろ?」

担当者「はぁ、最初は感謝の言葉を頂いたんですがね、「こんなには俺は要らん」と言って、その場で90冊返されました」

私「ちっ、魂胆を見透かされたか。。。」

 

*****

 

そうこうするうちに、職場のA版化はなんとか進んだ。

一方、自宅はといえば、妻が相変わらずB版支持者だ。

昔、公立小学校は、頑なにB版を守り続けていた。PTA活動も横へ倣えだったので、そのことの影響が大きい。

 

おかげで自宅では、今も、プリンターからB版が排出され、揉めごとが起きる

慣習の改革は、人柄だけでなく、人間の力関係を如実に反映するようだ。

 

(末尾脚注)

QWERTYとは、キーボードの左上にあるアルファベットの配列。現在のアルファベットの配置は、英文で頻度高く使われる「E」や「A」が打鍵しにくい場所にあるなど、いかにも不合理だ。本来、もっと効率よい配列がある。

しかし、社会が配列の変更を受け入れる可能性は低い。いったんキーボードの並びを覚えてしまったあとでは、新たな配列を覚え直すのがたいへんだからだ。慣習として定着したあとでは、「効率性の向上」も多勢に無勢である。

なお、QWERTYの配列は意識的に採用されたものとの説がある。昔のタイプライターは、速く打鍵すると2本のアームが衝突し、うまく印字できなかった。これを避けるため、わざわざ非効率な配置を選んだとの説である。しかし、真偽のほどは定かでない。

 

(イラスト:鵜殿かりほ)