金融経済イニシアティブ

Windows 3.1の悲劇

2022.03.01

四半世紀近くも前の話である。

今では信じられないことだが、休日も、手空きの時間に自宅で仕事をすることがあった。

 

当時の仕事の一つは、講演原稿や挨拶原稿の初稿を起案することだった。

 

原稿の作成ツールが、文書専用のワープロ(ワードプロセッサー)から、Windows 3.1搭載のパソコンに切り替わった頃の話だ。インターネットや電話回線を通じた外部接続などはなく、情報流出の懸念もなかった。

 

第一の悲劇

 

その日は、15分程度の読み上げ原稿を作成していた。月曜の朝一番に、上司に渡す約束だった。

 

日曜の午後からパソコンに向かうが、なかなか筆が(打鍵が)進まない。画面をにらむうちに時間ばかりが過ぎ、夜になった。

洒落た言葉で終わらせようとするのが、いけない。

 

ん~。ま、このあたりで手を打つか。
原稿全体を通読して、筆を置く(手を休める)。

 

と、そこに、妻から用事を言われる。

しばらくして自室に戻り、パソコンをシャットダウンする。

。。。

ん?待てよ。。。なんかヘンだ。。なんか忘れてないか?

 

げっ、いけね!原稿の保存を忘れた!

 

当時、原稿はFD(フロッピーディスク)に保存するのが常だった。ハードディスクに保存する習慣はなかった。パソコンに自動保存の機能もなかった。

 

なぜハードディスクに保存しなかったのか。今となっては分からない。

容量のせいで、ハードディスクでの保存は標準でなかったのか。あるいは、私がワープロ時代の習慣をそのままパソコンに持ち込んでいただけだたったのか。

 

ともかく、パソコンのシャットダウンとともに、原稿は消えた。

とほほ、である。

 

悲劇、ふたたび

 

仕方なく、パソコンを再び立ち上げる。すでに夜11時を回っていた。

再度パソコンに向かい、記憶をたぐり寄せながら、一行一行書き下す。

 

午前1時前、なんとか終わった。

今回はは保存を忘れないようにしよう。

 

と、思った、その矢先、、、、魔がさした。

画面上の「全画面表示」という見知らぬボタンが目に入った。

なんじゃ、こりゃ?「全画面表示」とは、いったい何??

 

早速ボタンを押してみる、、、

と、原稿の周囲にあったコマンドがすべて消え、原稿最終ページだけが全画面に大きく表示された。

 

な~るほど。これが全画面表示かぁ。こりゃ、面白い。

しかし、この機能を使う機会はないだろうな。

 

つぶやきながら、全画面表示を閉じて、元へ戻ろうとする。

たしか、ポインター(矢印)を画面の上下左右の端に当てれば、コマンドが現れるんだっけ。

 

。。。

ん?。。。。

どの隅にポインターを当てても、コマンドは一向に現れない。

ありゃ??何度も試すが、変わらない。

 

では、エスケープボタン(ESC)か。。。。が、反応はない。

え~と、Ctrl+Alt+Delだっけ? しかし、これもまったく反応がない。

 

うげっ。。。。。。。フ、フリーズか?

まだ原稿を保存してないのに???

 

書棚から取扱説明書を引っ張り出し、隅から隅まで目を通すが、役に立つ記述は見当たらない。パソコンメーカーのヘルプデスクを確認するも、日曜のこの時間は受付外だ。

 

うっへ~。やばい。

一体どうする?

。。。

絶望。。。

。。。

 

散々試した挙句、ついに強制終了を決心する。

やりたくないが。。。やむをえない。また一からやり直しだ。

 

みたびの悲劇

 

通常のシャットダウンのボタンも反応しないので、電源ケーブルのプラグごと引き抜き、画面を暗くする。

 

3分ほどして、再び電源を入れる。

起動の音を聞きながら、二度と余計なボタンは押さぬよう誓う。

 

が、、、

パソコン上に現れた画面は、、、先ほどと同じ「原稿最終ページの全画面表示」だった。

 

れれれ?マジか?

改めて周囲の上下左右にポインターを当てるも、反応なし。エスケープボタンもCtrl+Alt+Delも、反応なし。

先ほどのフリーズ状態が再現されるばかりだ。

 

う。。。

その後も繰り返し強制終了を試みるも、事態に変わりはなかった。

ど、どうしたらいいのだ。。。

。。。。

絶望。。。。

。。。

 

時計の針はすでに午前3時を回っていた。

万策尽き果てた。

と、そのとき、ふと思いついた。そうか、初期化の手が残っている、、か。

 

幸か不幸か、「初期化」用のFDが書棚にあった。

だが、初期化すると、これまでにインストールしたアプリもすべて消えてしまう。

どうする?

しかし、他の方法を思いつかない。

 

午前4時、初期化を決意する。

電源立ち上げと同時に、FDをセットし、初期化が始まる。

読み取り音が、私のうめき声と重なる。

うぐぐぐぐ。

 

初期化が終わり、パソコンが出荷時の状態に戻った。

三たび、原稿を書き始める。

 

夏の朝は早い。空が白々と明るくなり始めていた。

 

今度は、言葉がすらすらと出てきた。

どんなもんじゃい。。。独り言が虚しく響く。

 

月曜

 

完成後、原稿を慎重にFDに保存し、そのまま自宅を出る。

 

FDから印刷した原稿を上司に渡し、眠い目をこすりながら一日を過ごした。

達成感は、、、なかった。

 

その日は早く帰宅した。

眠かったためではない。

初期化で失ったアプリをインストールする作業が残っていたからだ。

 

 

あれから25年近く。

あの日、本当は何をすべきだったのか。

私はいまもって分かっていない。

 

 

(イラスト:鵜殿かりほ)