金融経済イニシアティブ

日銀のETF買入れ 「リスク・プレミアムに働きかけること」のリスク ~株価維持と見られることの危うさ

2020.04.01

 

新型コロナウィルスの感染拡大で、世界の株価が急落した。金融市場は日本銀行によるETF買入れの増額を期待し、日銀も買入れ額の倍増を決めた。

 

不安心理の高まりから金融市場が不安定化するとき、中央銀行は資金供給に加え、民間金融商品の直接買入れに踏み切ることがある。過度に拡大したリスク・プレミアムの修正を図ろうとするものだ。

 

しかし、ほとんどの中央銀行は緊急時の措置と位置付け、対象をCP、社債に限る。株式を買い入れているのは、日銀がほぼ唯一の例外だ。

 

中央銀行は、株価維持機関と見られることを強く警戒する。現在の日銀も「ETF買入れは、株価の引き上げを狙った政策でない」と強調する。それでも市場は、株価下落時の日銀買入れをますます期待するようになった。なぜ、そうなのか。

 

CP、社債、ETF買入れに対する日銀の姿勢

 

日銀が、リスク・プレミアムに働きかけることを目的に、民間金融商品の買入れを決めたのは、リーマン・ショック後の2009年1月である。当初はCP(含むABCP)、社債の買入れに限定していたが、翌10年10月、ETF、J-REITに拡充した(参考1参照)。

 

(参考1)日本銀行のETF買入れ方針と保有残高の推移

(出典)日本銀行HPより筆者が作成。

 

もっとも、当初の日銀は、民間金融商品の買入れに慎重だった。「個別企業への恣意的な資金配分を回避」、「必要な期間、適切な規模で実施」、「日銀の財務の健全性を確保」といった条件も表明していた。

 

スタンスが変わったのは、執行部交代直後の2013年4月である。いわゆる異次元緩和の開始とともに、ETF買入れを増額し、あわせてそれまで慎重姿勢の証として設けてきた「基金」を廃止し、通常のオペレーションに組み込んだ。

 

積極姿勢への転換を印象づけることで、人々のインフレ心理を駆り立てる意図があったのだろう。黒田総裁は直後の定例会見のなかで、「次元の違う金融緩和」、「戦力の逐次投入をせず、現時点で必要な施策を全て講じた」ことを強調した。

 

しかし、その後も日銀は追加緩和を繰り返した。ETF買入れは、13年4月の「年間約1兆円相当のペース」から、いまは「当面年間約12兆円相当のペース」まで拡大している。保有残高も29兆円に達した(2020年2月末)。

 

ETFの買入れ実績

 

現在の日銀も、ETF買入れは「リスク・プレミアムに働きかけること」が目的であり、「特定の株価水準あるいは株価の引上げを狙った政策ではない」とする。では、実際の買入れはどのようなものだったか。いくつか特徴をあげてみよう(参考2参照)。

 

(参考2)日銀ETF買入れ額(右目盛り)とTOPIX(左目盛り)の日次推移

(注1)「設備投資および人材投資に積極的に取り組んでいる企業を支援するためのETF買入れ」を除く。

(注2)縦軸の目盛りは時期により異なることに注意。

(出典)日本銀行HP「日本銀行関連統計 オペレーション」などを基に、筆者が作成。

 

① ETF買入れは、株価の下落日をきめ細かく捉えて行われてきた。2019年秋のように株価が高値圏にあるときは頻度が減少するが、それでも株価変動の綾を捉えて実行されるため、買入れがゼロになることはなかった。

 

② 1日の買入れ額は、一定の期間中、毎回ほぼ同一額で行われてきた。金額を伸縮させて、株価に影響を与えようとする意図はないようにみられる。

 

③ もっとも、大局的にみれば、株価の軟調と軌を一にして増額されてきた。とくに、16年7月、20年3月は、株価の大幅下落と買入れ増額のタイミングが一致している。

 

以上をふまえると、金融市場が日銀ETF買入れを株価維持とみなすのは、無理からぬところだろう。

 

なぜなら、「リスク・プレミアムに働きかける」としながらも、日銀はプレミアムの大小を定量的に明らかにすることなく買入れを継続し、かつ大幅な株価下落時には買入れ額を増加させてきたからだ。

 

「物価2%」と「適正なリスク・プレミアム」の間に明瞭な関係はない

 

13年4月、当時の日銀の新体制は、過去の日銀の政策を「逐次投入」と批判し、異次元緩和にふみ切った。しかし、その後も、ETF買入れは3次にわたり増額されてきた。結果的に、増額型の「逐次投入」といってよい。

 

ETF買入れは、すでに9年を超えた。財務面でも、株価の水準次第で、日銀自身が多額の含み損を抱え込みかねない状態にある。

 

なぜ、こうなったのか。

 

第1の理由は、「リスク・プレミアムに働きかけること」を標榜しているにもかかわらず、ETF買入れの停止のタイミングを、異次元緩和の出口と同じと定めていることにある。日銀の見解は、ETFの買入れは「異次元緩和の一環」であり、2%目標が実現される状況になったときに「全体として出口の議論が行われる」というものだ(2019年6月黒田総裁定例会見)。

 

しかし、これには無理がある。日銀の議論を一貫したものとして捉えようとすれば、「物価2%が実現しない間は、リスク・プレミアムは常に過大にとどまる」という理屈になる。しかし、そのような事実はない。

 

たとえば、2018、19年中のほとんどの期間は、バブル的要素の強い米国市場の影響を受け、株式のリスク・プレミアムはむしろ過度に縮小していた可能性が高い。「リスク・プレミアムに働きかける」という目的からいえば、本来、この時点で、ETFの売却に転じるか、あるいは、少なくとも買入れを停止するのが適切だったのではないか。

 

総裁会見でも、多くのメディアから同様の質問が出た。にもかかわらず、日銀は上記の説明で買入れを続けてきた。

 

リスク・プレミアムが過度に縮小している局面で、買入れを続けるのは危険だ。リスク・プレミアムは、企業の成長力や破綻確率を反映するものだ。もしプレミアム過小な局面で買入れを続け、さらなる縮小を図れば、不採算の企業も容易に資金繰りがつき、経済の新陳代謝を遅らせる。

 

また、金融市場がいずれ正常化した時には、投資家は大きな損失を被る。もちろん、日銀も例外でない。

 

第2に、市場が日銀のETF買入れを株価維持とみなすようになったことで、買入れをやめるのが一段と難しくなってきたようにみえる。日銀が買入れ停止を考え始めたと見られるたびに、市場は、大幅な株価下落で反応するだろう。

 

そうしたリスクがあるからこそ、過去の日銀は株式の買入れに慎重だった。日本以外のほぼすべての中央銀行が株式を買い入れ対象としないのも、そうしたリスクを認識してのことだろう。

 

中央銀行による民間金融商品の買入れは、市場経済のもとでは、市場の動揺が明白で、プレミアム幅が過小に陥った場面に限定すべきである。歴史は、株式の買入れはその限定がとくに難しいことを教えている。

 

 

もし、国民が、株価の維持をどうしても必要と考えるのであれば、それは政府の仕事である。将来の国民負担となりかねないリスクをとれるのは、選挙で選ばれた国会であり、その意思を反映する政府である。

 

今回のようにいったん株価が大幅に下落すると、ETF買入れ増額への異論は減り、政府からは高く評価される。そのこと自体が、中央銀行の株式買入れがいかにリスクの大きなものであるかを物語っている。

 

以 上

 

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