金融経済イニシアティブ

犬に、鼻であしらわれる

2023.06.01

海外の一部の空港では、犬の検査が実施されている。

人による犬の検査ではない。

犬による人の検査だ。

 

数年前、米国ロサンゼルス空港で帰国便のゲートに向かおうとしていた。

 

手荷物検査のブースの手前に、長い、長い行列があった。

おそらく、200人近くはいただろう。

検知犬の順番を待つ客だ。

出発便なので、爆発物の検知に特化した犬なのだろう。

 

****

 

1列6人ずつ並んで、順番を待つ。

約30秒で1列進むぐらいのスピードだ。

ようやく先頭に到着し、じっと検知犬を待つ。

ハンドラー(調教師)に連れられた犬が、旅客と手荷物の臭いをかいで回る。

 

異常をみつければ、おそらく座り込むなどして、ハンドラーに知らせるのだろう。

ジャーマン・シェパードやラブラドール・レトリバーが、役目を任されているようだ。

 

何らやましいところはない私だが、犬が近づくにつれて緊張した。

これが入国審査ならば、作り笑いで懐柔を図るところだが、犬にこびる術を知らない。

周りも同じ様子で、ただおとなしく順番を待っている。

 

ようやく私のもとへ検知犬がやって来た。

検知犬が、クンクンと鼻をならして、私を嗅ぎまわる。

なんか、私の時間が長いような。。。。

 

結局、何事もなく、「さっさと、あっちへ行け」と、鼻であしらわれた。

ほっとはしたものの、なにか釈然としない。

主客逆転である。

 

*****

(休憩室で)

検知犬A「先輩、われわれのような専門性の高い仕事は、人間界では、いい給料がもらえるそうですぜ」

検知犬B「そうそう、われわれのようなスペシャリストは、そういう誇りが大事だ」

A「いや、そうじゃなくて、給料の話で」

B「ん?」

A「いえね、だから待遇をもう少しよくしてもらいたいなと。。。」

B「結構、大事にしてもらってると思うがね」

 

A「でも、一日中働き詰めのわりに、ほかの犬とたいして食事は変わらない」

B「で?」

A「ですから、たとえば、肉の2,3切れでも増やしてもらえればな、と。。。」

B「えらく、ちっちゃい望みだね」

A「じゃ、骨付き肉も1本加えて」

B「ま、いいけどさ、空港側も財政が厳しいようだぞ」

A「うちの家計はもっと苦しい」

B「ふむ、犬は子だくさんだからな」

 

A「めったなことじゃ、爆発物も見つかりませんしね。失職のおそれは、ないっすかね」

B「そりゃ大丈夫だろ。われわれの存在そのものが、犯人へのけん制となる、エヘン」

A「そんなに自慢しなくても。。。。でも、爆発物がでなきゃ、ボーナスもでない」

B「どんなボーナスが欲しい?」

A「ん~~、新築の犬小屋1軒とか」

B「ちっちゃ!」

 

A「でも、ですぜ。ほかの犬は、家の中でグダグダしてても、食事にありつける」

B「そこだよ。奴らは、人間にこびて餌にありついてる」

A「は?」

B「その点、俺たちは、だ。人間を鼻であしらって、食事を頂戴する」

A「ん?」

B「どちらが、犬の矜持(きょうじ)に叶っているか、考えてみろ」

 

A「矜持?矜持ってなんすか?」

B「英語でいえば、プライド、、かな。衿(えり)を正す、ってやつだ」

A「プライドですかぁ。。。」

B「犬には犬のプライドがある」

A「いりますかね、そんなもん。人間界じゃ、プライドにこだわる奴は絶滅危惧種って噂ですぜ」

B「だからこそ。犬は犬の矜持をもたにゃぁ、いかん。人間に尻尾を振るだけの存在に成り下がっては、いかんのだ」

A「はあ、、、」

 

B「原始より、犬は人間とともに狩りを続け、対等な関係にあった」

A「はぁ?」

B「尻尾を振っていては、だめなんだ」

A「なにも、そんなに肩肘張らんでも。。。」

B「いや、肩肘じゃなく、背筋を伸ばせと言っておるのだ」

A「あぁ、そうっすか。先輩のように、わざと威圧するのはどうかと思いますけど」

B「あれは威圧でなく、威厳だ」

 

A「そんなことを言ってちゃ、いつまでも待遇は改善しませんぜ。やっぱストライキでもやりましょうよ」

B「残念ながら、われわれは要求を口では伝えられん、ワン」

A「だから、ハンガーストライキとか」

B「食事抜き、水抜きか、つらいな」

A「それぐらいやらんと、人間どもには伝わりませんぜ」

B「で、肉を2切れでも増やしてもらったら、すぐにガッツクつもりか?なんとも矜持のない。。。」

A「じゃ、牛歩戦術はどうっすか?一列30秒の検査を1分にするだけで、出発便も相当に遅延が出る」

B「おい、天敵の「牛」になってどうする、、、俺たちは脚力が自慢だ」

A「じゃ、牛歩戦術じゃなくて、遵法(じゅんぽう)闘争ってことで」

B「古いね~。遵法は死語だろ」

 

A「それにしても、先輩が、こんなに人サマに従順とは思わなんだ」

B「逆だ。人間が俺たちに従順なんだ。見てみろ、俺たちのために100人、200人がおとなしく行列をつくってる」

A「そんなもんすかね」

B「そんなもんだ」

A「つまんねぇ」

B「お前も、わざと怖い顔をしたり、小さく唸り声をあげてみろ」

A「は?」

B「奴らの戸惑う顔が面白い」

A「ん?」

B「2,3周ぐるぐるしてみるのもいいぞ」

A「はぁ?それが、犬の矜持ってもんすかぁ?」

B「。。。」

 

 

 

(イラスト:鵜殿かりほ)