金融経済イニシアティブ

世界はなぜ「分断」に向かってきたのか ~2024年が直面するリスク

2023.12.01

ロシアによるウクライナ侵攻が始まってから、1年半余りが経つ。今年10月からは、パレスチナ地域でイスラエルとハマスの激しい衝突が続いている。

 

世界各地に強権政治が広まり、社会経済の分断が進んでいる。2024年はどこへ向かうのだろうか。

 

強権政治の広がり

 

世界の「分断」のきっかけは、やはり米国・中国の対立激化にあるだろう。背後には、両国の経済面での地位の変化、すなわち米国の相対的な地位低下と中国の地位上昇がある。

 

これを念頭に最近10年余りの主な出来事を年表にしてみると、いくつかの特徴に気付く(参考1参照)。

 

 

(参考1)世界の年表・その1(2010~16年)

 

世界の年表・その2(2017~20年)

 

世界の年表・その3(2021~23年)

(出所)各種資料をもとに筆者作成。

 

1.米中の対立は、トランプ前政権下での貿易戦争に目を奪われがちだが、実際にはその前のオバマ政権の時代に始まっている。

 

さかのぼれば、中国は1970年代の鄧小平政権の時代、経済面で「改革・開放」を目指し、政治面では「鞱光養晦」(とうこうようかい、「才能を隠して、時期を待つ」の意)の姿勢を示した。米国も、「中国経済の発展がいずれ民主主義を根付かせるだろう」との期待のもと、協調的な「関与政策」を採った。

 

しかし、その後の中国は、経済の急成長にもかかわらず、民主主義の浸透には至らず、2010年前後からは南シナ海や東シナ海での軍事行動、さらには宇宙・サイバー領域での活動を活発化させた。

 

事態を危惧したオバマ政権は、それまでの「関与政策」から「抑止政策」へと転換した。現バイデン政権が中国に対し厳しい姿勢で臨むのは、基本的にオバマ政権の抑止政策を引き継いでいるように見える。

 

2.オバマ政権に続くトランプ政権も、中国製品に対する関税の引き上げや米国ハイテク製品の供給制限など、中国に対し貿易面での強硬措置を採った。中国側もこれに対抗して、多くの報復措置を講じた。

 

もっとも、トランプ政権は対中国だけでなく、欧州諸国をはじめとする同盟国に対しても厳しい要求を繰り返した。NAFTA(北米自由貿易協定)の見直し要求や鉄鋼、アルミ製品への関税引き上げがそれである。

 

さらに外交面では、パリ協定からの離脱、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)交渉からの離脱、またイラン核合意やINF(中距離核戦力全廃条約)からの離脱を立て続けに行い、「アメリカ・ファースト」と称する自国優先主義を全方位に展開した。

 

結果的に、中国やロシアの覇権主義的な行動が抑止されることはなかった。トランプ政権が引き起こした西側諸国の亀裂の影響も大きかっただろう。中東地域の不安定化も、トランプ前大統領による「イスラエルの首都としてのエルサレム承認」やイラン核合意からの離脱が影響しているように見える。

 

現バイデン政権は、パリ協定への復帰など、同盟国との関係修復を図ってきたが、中国、ロシアへのけん制効果は未だ限定的である。

 

3.中国では、習近平氏が共産党総書記就任(12年)、国家主席就任(13年)を経て、「党の核心」と呼ばれる存在となり(17年)、権力の集中が進んだ。ロシアで憲法改正が行われプーチン大統領の5選(24年に選挙実施予定)が可能となったのに続き、中国でも慣例を破り、習近平国家主席が3選された。

 

ただし、中国国内には不安定要素も多い。香港の民主化デモ(19~20年)に続き、ゼロコロナ政策を巡る「白紙運動」(22年)があった。経済面では、不動産価格の高騰や若年層の高失業率の問題を抱え、「共同富裕」のスローガンのもとで民間企業への規制強化が進められた。

 

4.グローバルサウスと呼ばれる新興国の多くは、西側陣営や中ロ陣営から一歩距離を置く姿勢を維持している。両陣営は、巨額の開発援助の約束などで各国の取り込みに躍起となっており、多くの新興国にとって、当面の間、様子見姿勢を採るのが合理的な選択となっている。

 

経済が豊かになっても、「分断」は進む

 

では、世界はなぜ「分断」に向かってきたのだろうか。

 

過去多くの戦争は、国内の不満を和らげる狙いをもって、軍事力等を使い外の資源獲得に向かうことで引き起こされてきた。不満の背後には、国内の貧困があった。

 

しかし、近年の世界経済は、新興国も先進国も長期にわたり成長を続けてきた(参考2参照)。グローバリゼーションは、各国経済の効率化を促し、世界の成長に寄与してきた。「先進国による新興国の搾取」といった姿からは程遠い状況にある。

 

(参考2)世界の経済成長率に対する先進国、新興国別寄与度推移

(注)購買力平価ベースの実質GDPをもとに算出したもの。
(出所)IMF「世界経済見通し(2023年10月)をもとに筆者作成。

 

にもかかわらず、「分断」が進んだ。これは、新興国、先進国を問わず、各国国内の格差拡大が進んだことが大きい。

 

一般に、技術が大きな革新期を迎えるときは、新しい技術知識をもつ者と、古い技術知識のために失職のリスクを抱える者との間で、格差が拡大する。この格差拡大は、時を経て技術革新がスローダウンし、技術のコモディティ化(一般化)が進むにつれてブレーキがかかる。

 

しかし、情報技術革新の寿命は長い。コンピューターの普及に始まり、インターネットの導入、人工知能の開発へと技術革新が連続し、現時点で革新が一服する気配は見えない。

 

新興国、先進国の間の格差は縮まったが、各国の国内では格差が拡大を続け、不満が鬱積している――それが現状である。

 

台頭するナショナリズムの行方

 

人々の満足の感情は、自らが以前に比べ豊かになっただけでは足りない。隣人に比べて自分が豊かになったかどうかに左右される。格差拡大に伴う不満は、政治的なエネルギーに変わりやすい。

 

こうした国民感情につけ込むかたちで、ナショナリズムが力を増してきた。実際、多くの国の為政者らが、過去の国家の栄光を国民に訴えかけてきた。

 

典型は、「MAGA(Make America Great Again)」をスローガンに掲げる米国のトランプ前大統領である。中国習近平国家主席も、「中国の夢」「中華民族の偉大な復興」というスローガンを掲げてきた。ロシアのプーチン大統領も、「ロシア世界の現在と未来」を旗印に、クリミア半島の併合などを正当化している。

 

2024年が直面するリスク

 

世界の行方は混とんとしている。

 

ただし、世界の「分断」がこのまま一方向に進むと考えるのも行き過ぎだろう。

 

中国は、経済のグローバリゼーションの恩恵を最も強く受けてきた国だ。高齢化の「とば口」に立つ習近平政権としては、政権の安定を保つためにも、経済成長の維持が必要であり、自ら国を閉ざす選択は考えにくい。対外的には強硬姿勢を保ちつつ、西側諸国と一定の協調関係の維持を模索することになるだろう。

 

もちろんリスクはある。仮に「分断」が抜き差しならない段階に至るとするば、①中国国内のナショナリズムが暴走し、政権がコントロールできなくなる場合か、②国内の民主化の動きが強まり、政権がいよいよ矛先を外に向けなければならなくなる場合だろう。現時点では考えにくいが、民主主義社会に比べ、一強体制は偶然によって方向が大きく変わりうるため、注意が必要だ。

 

他方、2024年の世界の最大のリスクは、やはり米国大統領選挙の行方である。仮にトランプ前大統領が勝利する場合には、世界のパワーバランスが再び崩れ、事態が流動化する恐れがある。前回のトランプ政権下では、西側諸国との同盟関係が劇的に悪化した。

 

トランプ前大統領の難点は、民主主義や人権といった、西側諸国を貫いてきた共通の価値観を共有できないことにある。前大統領の行動原理は「力を誇示し、米国の利益を追求する」ことにあるが、「米国の利益」と称するものは短期的な経済利益であって、世界はもちろん、長期的にみて本当に米国の利益にかなうかも疑問である。

 

日本は、「分断」が高まるリスクを踏まえ、サプライチェーンの分散など、経済面でのリスク回避策を講じておかなければならない。

 

他方、政治面で、どのようなリスクマネジメント策があるかはなかなか見えてこない。万一パワーバランスが崩れそうな場合には、米中2大国に主導権のすべてを譲ることのないよう、欧州諸国や韓国と連携して事態に当たることが必要だろう。

 

よほどの覚悟と理性をもって、2024年を迎えなければならない。

 

以 上