金融経済イニシアティブ

楽観できぬ雇用情勢 ~女性、高齢者の労働力率の上昇鈍化が示唆するもの

2021.01.04

昨年11月の完全失業率(季節調整後)が、前月の3.1%から2.9%に低下した。

 

コロナ禍以前の2.2%(2019年12月)には及ばないものの、2%台の完全失業率は歴史的にみてほぼ完全雇用の状態を示す(参考1参照)。

 

しかし、実態はかなり異なる。女性や高齢者の「労働力人口比率(労働力率)」の上昇テンポが急速に鈍化しているからだ。労働市場に参入するはずだった女性や高齢者の多くが、「完全失業者」にカウントされないまま、市場の外にとどまっている。

 

雇用情勢はまだまだ楽観できない。

 

(参考1)完全失業率の推移

(出典)総務省「労働力調査」を基に筆者作成。

 

「労働力人口」から抜け落ちる女性、高齢者

 

労働関連の指標の定義は、以下のとおりである。

 

 

前掲参考1のデータによれば、雇用情勢は改善し、主な課題は15~64歳男性層の完全失業率の高止まりに限られてきたようにみえる。しかし、労働市場全体を見渡せば、女性や高齢者の労働力率が、コロナ禍以前のトレンドから大きく下方乖離しているのが目立つ(参考2参照)。

 

(参考2)労働力率の推移

(出典)総務省「労働力調査」を基に筆者作成。

 

イメージ的には、新たに職に就こうとした女性や新たに65歳以上となった高齢者の多くが、コロナ下で職を得られていない状態である。その多くがハローワークなどで積極的な求職活動を行わないため、統計上の「完全失業者」としてカウントされない(前表の「完全失業者」③の条件を満たさない)。その結果、「完全失業率」や「労働力率」から抜け落ちてしまう理屈にある。

 

もしこれらの人々が積極的な求職活動を行ったうえで失職状態にあるとすれば、完全失業率は今よりも高めの数値となるはずだ。近年の労働力率のトレンドを前提に、実績との乖離を労働力人口と完全失業者に加えて試算すると、完全失業率は今よりも0.7%程度高く、3%台半ばにとどまるとの結果になった。

 

達観すれば、現下の雇用情勢は、リーマンショック時に比べれば各種対策により緩和されているが、いまだ楽観できない状態といえる。

 

「分断」の進む労働市場

 

ところで、上記はあくまで、女性、高齢者の労働力人口の増加テンポが鈍ったという話であり、労働力人口そのものが減少したわけではない。これは何を意味するか。

 

日本の生産年齢人口(15~64歳)は、1990年代半ばにピークアウトし、現実にも15~64歳男性の労働力人口は減り続けている。これを女性と高齢者が働き手になることで補ってきたのが、これまでの構図である。

 

その際、女性・高齢者の労働力人口の増加数は、15~64歳男性の同減少数を上回ってきた。実際、2019年までの8年間の労働力人口は、同男性1人の減少に対し、女性・高齢者は2人の割合で増加した。景気の回復もあるので一概にはいえないが、より多くの女性、高齢者で15~64歳男性の減少を補填してきたことは間違いない。

 

第1に、女性・高齢者の雇用増は、パートタイム、アルバイトなどの非正規雇用が多かった。

 

雇用主にとっては、総労働時間が同じであれば、正規雇用1名よりも、非正規雇用1~2名の方が低コストですむ。正規、非正規の間には、賃金だけでなく、フリンジベネフィットの面でも大きな格差があるからだ。

 

第2に、正規、非正規のこの格差は、労働市場に一種の分断を生み出してきた。正規から非正規への労働力の移動は少なくないが、逆に非正規から正規への移動はハードルが高い。

 

このことは、生産性の高い企業と生産性の低い企業の間にも、分断をもたらしてきたようにみえる。低生産性の企業は、いまや非正規雇用なしには存続を図りにくい。言い換えれば、非正規から正規への移動の難しさが、低生産性企業を支えるとともに、生産性向上のインセンティブを弱めてきたようにみえる。

 

超高齢化に対応できない労働市場

 

しかし、この構図はいつまでも続かない。超高齢化の進展とともに、非正規労働力の供給に限界がでてくるからだ。

 

2022年以降、いわゆる団塊世代は後期高齢者入りしてくる。そうなれば、さすがに労働市場からの退出が加速するだろう。中堅女性の労働力人口の増加は今後も続くだろうが、全人口でみれば、これまでのような急テンポでの労働力率の上昇は望みにくい。

 

そうであれば、今後、非正規雇用の確保は難しくなる。低生産性企業にとって、構造改革は待ったなしだ。しかし、正規、非正規の間のコストの差が大きいだけに、採算改善のハードルは高い。

 

本来、正規、非正規の処遇に大きな分断がなく、市場が連続的であれば、より円滑な構造改革を期待できるだろう。重要なのは、分断を緩和し、生産性改善の努力が企業経営にいち早く反映される市場づくりである。

 

そのためには、まず、正規、非正規の処遇を均衡させることだ。この場合、正規雇用に対する手厚い保護を見直す必要も出てくるだろう。同時に、解雇にかかわる金銭補填ルールなどを整備し、労働市場の柔軟性を高める努力が欠かせない。

 

女性と高齢者をめぐる現在の労働環境は、政府の掲げる「女性の輝く社会」、「意欲ある高齢者に働く場を準備する」のイメージから、かなりかけ離れている。性別、年齢にかかわりなく、能力が正当に評価され、モビリティの高い労働市場としていくことが肝要である。

 

以 上

 

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