金融経済イニシアティブ

なぜ地方創生は目標を達成できないのか ~施策を競うのでなく、新陳代謝の促進を

2020.08.03

「地方創生」の政策が始まって、6年近くが経つ。基本目標の一つ「東京圏への人口流入超を2020年までにゼロにする」は、ゼロに向かうどころか、拡大した(2020年1月「なぜ、東京圏、大都市圏への人口流入は止まらないのか」参照)。足元はコロナ禍の影響で流入ペースが鈍化したが、経済が回復すれば再び拡大に向かうだろう。人口移動は景気に比例するからだ。

 

政府は、目標そのものは維持し、達成時期を25年まで先送りした。今年の「骨太の方針」(経済財政運営と改革の基本方針2020)も、従来の方針を踏襲し、数多くの関連施策を並べている。しかし、今必要なのはアプローチの抜本的な見直しだろう。

 

人口移動は、人々が居住地を自由に選択した結果だ。各自の合理的な判断をさておいて、「「新たな日常」が実現される地方創生」、「二地域居住」といっても、結果は限られる。

 

人口移動は効率的な資源配分のための調整弁

 

例えば、団塊世代は約3人に2人が地方圏で生まれ、うち約3人に1人が就学、就職のために大都市圏に転出した。すでに70歳代に達したが、これまでに地元(地方圏)に戻った数は、このうち約4人に1人にとどまる(2015年7月「団塊世代はどう動いたか、意外に低い退職後の「里帰り率」」参照)。

 

大都市に定住した理由は、①若いころ、有望な働き口が大都市圏にあった、②子供たちが大都市圏で就職し、近隣に住んでいる、③医療や介護の施設が大都市圏にある――などだろう。

 

もちろん、価値観は人により異なる。地方の暮らしを好む人がいて、当然だ。しかし、多くの人にとっては、所得水準が居住地選びの決め手ということだ。

 

日本経済にとっても、人口移動は、効率的な資源配分を実現するための貴重な調整弁である。恣意的に人口移動を抑制すれば、経済全体の成長力が損なわれる。

 

それでも、地方の経済社会を維持しようとするのならば、地方圏の所得水準が大都市圏並みになることが不可欠である。しかし、その姿は見えてこない。

 

代表的な地方産業の付加価値が低すぎる

 

下の参考は、地域別、産業別の専業従事者一人当たりの付加価値額である。際立つのは、「宿泊業、飲食サービス業」、「医療、福祉」、「農林漁業」といった、地方を代表する産業の一人当たり付加価値額の低さだ。

 

(参考)地域別、産業別専業従事者一人当たりの付加価値額

(注1)中核4域7都府県とは、東京圏4都県、大阪府、愛知県、福岡県。地方圏40道府県とは、その他の40道府県。

(注2)中核4域7都府県の「医療、福祉」の一人当たり付加価値額が極端に低いのは、東京都がマイナスの付加価値額を計上していることによるもの。特殊要因とみられる。

(出典)総務省「平成28年経済センサス―活動調査」を基に筆者作成。

 

従業員への賃金は、付加価値額のなかから支給される。年200万円程度の付加価値額(地方圏の宿泊業、飲食サービス業)というのは、月に換算すれば17万円程度だ。賞与なしでこの水準は、新卒の採用すら難しいかもしれない。どんなにインバウンドの観光客が増えても、これで若者を地方にとどめるのは困難だっただろう。

 

地方創生の議論では、しばしば「地方に所在する元気な企業」や「UIJターン」の実例が紹介される。地方にチャレンジングな人々や企業が存在するのは、心強いことだ。しかし、政策をエピソードで語るのは危うい。重要なのは、あくまで平均所得の水準である。所得格差がある限り、大都市圏への人口移動は止まらない。

 

地方は消滅しない

 

一方、誤解にあふれるのは「このままでは地方が消滅する」という議論だ。しかし、それはありえない。なぜなら、「地方が消滅する」という命題は、「大都市圏だけで日本の経済社会が成り立つ」という命題に等しいからだ(2016年10月「地方は消滅しない」参照)。

 

日本は、50年後も人口80百万人台を数える多人数国家だ。そうした国の経済社会が、シンガポールのように、大都市圏だけで成り立つことがあるだろうか。

 

大都市圏の経済はサービス産業中心である。仮に一国がサービス業だけで成り立つとすれば、国内で生産したサービスがよほど海外に売れなければならない。

 

しかし、日本のサービス業の生産性は低い。シンガポールと違い、言語や地理的条件(ハブとしての港や空港)の制約もある。先端産業の中心である情報通信業も、世界を席巻するほどの国際競争力にはない。

 

そうであれば、日本は、将来も、地方圏と大都市圏の経済社会が一定のバランスをもって成立していくと考えるのが自然だ。もちろん、バランスは時々刻々変化するが、地方だけが消滅することはありえない。

 

なぜ生産性の向上が核心なのか

 

上述の「地方は消滅しない」と「所得格差を背景に大都市圏への人口移動が続く」は、一見不整合のようにみえるが、そうではない。人口移動を伴いながら資源の再配分が進む結果として、地域間の所得水準がならされる。それが市場経済の理屈である。

 

仮に、大都市圏への人口移動が今後も続くとしよう。前述のように、大都市圏のサービス業には、日本の食糧や製品類のすべてを輸入で賄えるまでの収益力(国際競争力)はない。そうであれば、地方の生産物に対する大都市圏の需要は根強い。他方、地方圏の供給能力は人口減少に伴い低下する。この結果、地方の生産物に対する需要超過・供給不足が生じ、価格と賃金が上昇する理屈にある。

 

すなわち、問題は人口移動ではない。真の問題は、地方の生産性が低いままであると、大都市圏の所得は高まらず、日本経済全体の成長力も損なわれることである。大都市圏が地方の経済に依存を続ける以上、大都市圏の所得水準も地方圏と均衡に向かう。

 

国の政策で地方の生産性向上を実現するのは難しい

 

要すれば、地方圏、大都市圏を問わず、生産性の向上が圧倒的に重要ということだ。

 

しかし、国の政策で地方圏の生産性の向上を実現するのは難しい。政治は、今ある地方を分け隔てなく平等に扱わざるをえないからだ。生産性の高い地域だけを選びだして、新陳代謝を促す政策はとりにくい。

 

そもそも今ある地方都市は、昔からずっとあったわけではない。それぞれの地方にはそれぞれの歴史がある。高品質の木材の生産地があったから、近隣に伝統的な家具製造業が生まれた。環境が変われば、新陳代謝が起きて当然だ。新陳代謝を促すのは市場経済の力であって、国の施策ではない。

 

「骨太の方針」では、あたかも役所が競いあうかのように、多くの施策が並ぶ。年々、施策の数も増える。しかし、大事なのは、市場経済の原点に立ち、地域間、地域内の競争を促進することである。施策を次々に打つことが、真の地方創生に貢献するとは限らない。

 

十分な競争環境があれば、自立した企業が地方に必ず現れる。なぜなら、地方は消滅しないからだ。地方には、大都市圏にはない固有の優位性がある。国に求められるのは、市場経済を信じる自制心である。

 

以 上

 

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