金融経済イニシアティブ

保育士試験にみる日本再興戦略の難しさ

2013.10.02

世阿弥、貝原益軒を問われる保育士試験

高齢化社会で日本経済の活力を維持するには、女性就業率の引上げが欠かせない。しかし、都市部における保育所、保育士の不足問題は依然解消していない。では、保育士を増やすための仕掛けはどうなっているか。

保育士資格を得るには2つのルートがある。ひとつは大学、短大、専門学校の保育系の学科を卒業するルート。もうひとつは大学、短大、専門学校卒業以上の学歴をもち、保育士試験を受けて合格するルート。ちなみに、高校卒業だけでは、そもそも保育士試験を受けられない。受験のためには、卒業後、児童福祉施設で2年以上児童の保護に従事した経験が必要となる(児童福祉法施行規則)。

保育士試験は、保育原理、教育原理・社会的養護など8科目の筆記試験と、実技試験からなる。では、平成24年の試験のなかから教育原理の問題をみてみよう(10問中1問)。

 

参考:平成24年保育士試験・教育原理の問題から抜粋

出典:一般社団法人全国保育士養成協議会のHPから引用

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もちろん、常識で答えられる問題ではない。それ以上に、これが「保育士に必要な知識」とされていることに驚きを禁じえない。ちなみに、今平成25年の試験問題は空海と中江藤樹だった。世阿弥や空海、益軒に関する知識が、現在の保育の現場にどれほど近いというのだろうか。

政府が6月に打ちだした「日本再興戦略」には、「認可外保育施設で働く無資格者の保育士資格取得支援」がうたわれている。しかし、多忙な業務の合間をぬって保育士を目指す人びとが、このような知識を身につけるために夜中勉強しなければならないかと思うと、気の毒でならない。むろん試験問題の作成者が悪いのではない。試験科目に教育原理が課される以上、こうした問題になるのであろう。要は制度設計の問題である。

意図はどうあれ、保育士試験ルートのハードルが高く設定されていることは間違いないだろう。そして、保育士不足は今なお続いている。

大目標達成のためのガバナンスを

政府の掲げた「日本再興戦略」は、100ページに近い大作である。ひとつひとつの具体策は共感できるものばかりだ。しかし、注意が必要なのは、こうした戦略は過去幾度となく策定されてきたことである。現にこれまでも多くの改革が議論され、実行に移されてきた。にもかかわらず、大目標はなかなか達成されてこなかった。保育をとってみても、株式会社の参入解禁など多くの制度改正がなされてきた。しかし、待機児童の問題は解消していない。

結局、大目標の実現をはばむ規制や慣行、仕組みは、目につきにくい細部にいたるまで、さまざまに張りめぐらされているということではないか。そのすべてを産業競争力会議や規制改革会議が列挙するのは無理だ。どこにどのような仕掛けが潜んでいるかは、直接の利害関係者と主務官庁にしかわからない。

そうならば、規制改革のためのガバナンスを見直す必要はないか。たとえば、最上位の会議体の主な責務は、大目標と改革フレームワークの設定、大目標の達成度合いの評価に純化する。一方、具体的な方策の検討は主務官庁にゆだねる。そのうえで大目標が達成されない場合には、監督権限を他にかならず移す、あるいは、規制をかならず全面撤廃する、といったことである。権限・責任とインセンティブを軸とするガバナンス体系である。

もちろん主務官庁に対するインセンティブの仕組みが機能しなければ、今の方がマシともいえる。しかし、個別の規制緩和策の積み重ねは、大目標の達成を保証するものではない。その認識を出発点に、ガバナンスを考えてみる必要がある。大目標とは、女性就業率の向上・待機児童の解消、医療費の抑制・健康寿命の伸長、産業としての農業の自立といったことだ。

民主主義のもとで、真に改革を実現させることのできるガバナンスとはどのようなものか。今、真剣な検討が必要である。少なくとも、大目標の達成度合いを事後評価する仕組みは欠かせないだろう。

以 上