[金融ジャーナル社 「月刊金融ジャーナル」 2020年6月号インタビュー記事] 口座維持手数料はマイナス預金金利の代替物
2020.07.01[本稿は、金融ジャーナル社「月刊金融ジャーナル」2020年6月号「第II特集 口座維持手数料のあり方」のインタビュー記事「口座維持手数料はマイナス預金金利の代替物~急がれるビジネスモデルの転換」を転載するものです。]
(編集部)未利用口座管理手数料を導入する金融機関が増えている。背景にあるものは何か、また、日銀のマイナス金利政策の長期化で金融機関の収益力が低下する中、預金口座の維持管理、決済システムの安定的な提供を確保するためのコストはだれが負担するのか。元日本銀行理事、オフィス金融経済イニシアティブの山本謙三代表に聞いた。
収益でコストをカバーしてきた
——日本でも口座維持手数料の導入が進みそうですが、その背景にあるものは何でしょうか(編集部、以下同じ)。
山本 最近、新規に開設した普通預金口座で、最後の取り引きから2年以上取り引きがないなどを要件とした「未利用口座管理手数料」が始まっています。この背景には預金口座を維持するための銀行サイドのコストが増加していることがあります。例えば、マネーロンダリングやテロ資金供与の防止、個人情報保護、サイバーアタックやその他セキュリティ―対策など、システム負担が非常に増加しています。もう1つは、こうした中で、金融機関自体の収益率が悪化してきていることです。信用コスト込みでみれば、預・貸出金業務の収益率はほぼゼロまで落ちてきているのではないでしょうか。
もともと口座維持のための費用は、だれかが負担しなければならない。1970年代くらいまでは、預金を集めて貸し出しに回せば、収益を上げられる構造にありました。そのもとで、貸出部門から預金部門へのクロス・サブシダイゼーション(cross-subsidization=部門間の利益の付け替え)が行われてきた。すなわち、預金者に口座維持費用の負担を求めるのではなく、銀行は貸出部門から上がってくる利益で口座維持の費用を賄うことができました。その慣行がこれまで続いてきたわけです。
——銀行の収益力は低下してきていますが。
山本 アメリカでは1980年代にかけて一斉に口座維持手数料を導入した。日本も規制緩和によって貸し出しの超過収益がなくなり、預金を集めて貸し出しに回せば儲かる時代はバブル崩壊とともに終わったわけです。この問題は、だれに費用を負担してもらうのかということです。そうであれば、預金にかかわる費用ですので、預金者に負担をお願いするのが本来の筋だったでしょう。しかし、それができないまま来てしまった。バブル崩壊は、金融機関が不良債権処理で国民に迷惑をかけているという意識もあったのでしょう。結果的に銀行は自身の収益を減らすかたちで対処してきた。見方を変えれば、利益の減少を通じて、株主が負担してきたと言えるわけです。
マクロ的には金融政策の効果と同じ
——日銀のマイナス金利政策の影響があるのでしょうか。
山本 日銀によるマイナス金利政策で、銀行の預貸金利ざやは非常に薄いものになっています。今の預貸金利ざやの水準である10~20ベーシスポイントは、将来の信用コストをカバーできるかどうか、ぎりぎりの水準といったところでしょう。しかも、現在の預貸金利ざやの水準は既存の貸出金利でなんとかプラスを維持している状態です。新規の貸出金利でみれば、利ざやはほぼゼロ。既存の貸出金利は今後ロールオーバーを迎えるたびに、新規の貸出金利に近づいていくはずなので、本当に苦しい状況です。
こうした環境下で、金融機関は経営をどのように維持していくのか。新規の預金口座が対象という条件は付きますが、預金者にその費用の一部負担をお願いするという方向はよくわかります。
——マイナス金利政策が口座維持手数料の導入を踏み切らせるのか。
山本 マクロ的な観点から言うと、そうなります。そもそも銀行の収益が落ちている背景には、量的緩和政策に伴う貸出金利の大幅な低下があります。また、マイナス金利政策というのは、個々の銀行に、預金の積み上がりを抑えさせる施策です。つまり、限界的な預金の積み上がりにペナルティー(マイナス金利)をかけることで、資金の市場への還流を促そうとするものです。この場合、銀行は、預金がなるべく積み上がらないように、マイナス金利をかけるのが本来の理屈となります。これは、金融緩和政策が期待する本来の「効果波及の筋道」でもあります。貸出金利が下がって、企業が設備投資をしやすくなると同時に、預金金利が下がって、預金者が預金に代えて物を買うよう促すとか、他の金融資産への投資に向かわせるといった経路です。
しかし、現実には、ゼロを下回る預金金利の実現は難しい。そのために、銀行は収益を減らして負担を吸収してきました。だが、それでは金融政策の効果も半減です。口座維持手数料は、マイナスの預金金利と同じ効果をもつので、マイナス預金金利の代替物ということができます。最近、手数料議論が活発になっているのは、マイナス金利政策の結果という側面もありますし、(私自身はマイナス金利政策を支持するものではありませんが)日銀の緩和政策の効果を補強するものとみなすことができます。
マイナス金利政策解除でも戻せない
——マイナス金利が解除した時に口座維持手数料を解消することができますか。
山本 先程申し上げましたように、そもそも導入しておくべきものが先送りされてきたものです。マイナス金利政策が解除されたからと言って、すべてが元に戻る議論でありません。では、どのような形で入れるのか、ということになりますが、例えば海外の口座維持手数料では、一般的には、一定の残高以下の少額の口座に対して手数料を課しています。理屈としては、小口であればあるほどコスト率が高いからです。ただし、限界的な預金の積み上がりを抑える観点に立てば、大口預金、あるいは預金全般に広く手数料をかけることも考えられるでしょう。
——口座維持手数料導入は預金者の理解が必要になるのでは。
山本 公表するかどうかは別にして、銀行は、まず小口、中口、大口の預金それぞれにどれくらいの費用がかかっているかを定量的に把握することです。そのうえで預金者に理解を求めていくことが大切でしょう。当然、銀行みずからがどれだけ経費の削減に努力してきたかも、世の中に明らかにする必要があります。
同時に、手数料の見合いに、預金関連サービスをどう向上させているかを示すことも不可欠です。スマートフォンを使ったサービスの拡大もありますし、家計簿アプリや会計ソフトとの連携も充実させてきました。認知症対策も進んでいます。口座維持手数料の賦課は、こうしたサービスの充実とワンセットで考えるべきことです。
決済システム維持のための議論も
——日本銀行が「銀行の決済サービスの課金体系に関する考察」というレポートを出しましたが。
山本 よく整理されているレポートだと思います。私自身は、重要なことが2つあると考えています。1つはコストをどう分担するか。口座維持手数料に求めるのか、決済手数料に求めるのかということです。もう1つは、振込などの決済手数料でも、必ずしもすべての顧客で採算がとれているように見えないことです。例えば、地方公共団体や公共料金の収納にかかわるサービスは、採算がとれているのでしょうか。手数料の問題は、口座維持手数料だけでなく、決済手数料も含めて考えていくべき課題です。
——利用者が負担するのが自然ですか。
山本 日本ではサービスはただという受け止め方がされてきました。しかし、コストの適正な負担をお願いしないと、社会インフラとして浸透しているものを維持することができなくなってしまいます。キャッシュレスで手数料が安くなると言っていますが、最後の最後は決済システムを使っています。最後は銀行口座を使っているのです。もちろん、ITなどを使って、決済システムの品質を高めていく努力は欠かせません。同時に、コストはだれかが負担しなければならない。銀行が収益を減らして負担するのは、異次元緩和の長期化もあって、もはや限界に来ているということです。
——欧米では口座維持手数料が導入されているが影響は。
山本 先程述べたように、米国では口座維持手数料を、主に小口預金にかけてきました。その結果、口座をもたない家計が多く存在しています。統計によれば、6.5%の家計が銀行に預金口座を持たず、加えて18.7%の家計は、預金口座は持つものの、十分に利用できていないとされています。日本でそのような状態がすぐに来るとは考えにくいですが、こうした口座維持手数料の負の側面は、個別行の問題というよりも社会的な課題として、十分に認識しておくべきでしょう。
ビジネスモデル改革として取り組むテーマ
——収益対策では金融機関はビジネスモデルの変革を進めているが。
山本 人口動態の変化やデジタル化の流れのなかで、銀行自身が新たな在り方を求められているのは明らかです。口座維持手数料への取り組みも、ビジネスモデルの変革に取り組む中での1つと思います。日本の場合、口座維持手数料の賦課がなかったこともあって、複数の預金口座を持っている人が多い。全国の金融機関の預貯金口座数は11億台に上るとみられ、国民1人当たりでは9口座くらいを保有している計算になります。こうしたもとで、休眠口座も管理してきたわけですから、費用が膨らむのも道理です。
——口座維持手数料を導入すると預金が減る心配はありませんか。
山本 預金の口座数は減るかもしれませんが、そもそも11億台の口座数に無理があります。また、口座が減っても、銀行全体で預金量が減少するわけではありません。預金は巡り巡って、どこかにあるはずだからです。
預金の先行きを考えると、地方ではすでに人口が減少しています。いまのところは高齢者が多いために、年金の流入で預金が維持されていますが、2020年代には、およそ半分の道府県で高齢者数が減り始めます。ちなみに、大都市圏中心の残り半分は、2040年代になって高齢者数が減少に転じます。地方では、さほど遠くない将来、年金が入ってこなくなるうえに、相続で預金が流出していく。ですからいつまでも今の経営スタイルが維持できるわけではありません。ビジネスモデルの変革が急がれます。
——口座維持手数料の本格導入は進んできそうでしょうか。
山本 預貸金利ざやで収益を確保できる状況にはないわけですから、他の金融機関がどうするのかを見ているのではなく、それぞれの銀行で真剣に対応を検討していくべき段階にあります。ただ、今はまず新型コロイナウイルスへの対応が優先されます。預金者が困ろうとしているときに、欧米のような口座維持手数料を導入するのは難しいでしょう。その一方で、いつまでも銀行収益で吸収できる話しではありません。腰を据えて検討を進めていくべき課題です。
以 上