金融経済イニシアティブ

[金融ジャーナル社 「月刊金融ジャーナル」2019年1月号 寄稿] 異次元緩和に出口は来るか

2019.02.01

[本稿は、金融ジャーナル社「月刊金融ジャーナル」2019年1月号 総特集:2019年金融界の進路 Part I:2019年を読み解くキーワード<出口戦略>への寄稿「異次元緩和に出口は来るか」を転載するものです]

 

物価はなかなか2%に達しない。銀行収益の悪化、金融市場の機能低下、財政規律の弛緩といった異次元緩和の副作用が目立つが、日本銀行は「物価目標2%の安定的な達成」へのコミットメントを強調し続ける。出口ははるかに遠い。金融機関は覚悟して厳格なストレステストを実施し、十分な資本と流動性の確保に努める必要がある。2019年は、物価目標2%を機械的に追い求める政策運営の妥当性を検証する年になるだろうか。

 

拡大する緩和の副作用

2013年春、日銀は「2年で物価上昇率2%」の目標を掲げ、異次元緩和を開始した。その後5年半が過ぎたが、物価目標はいまだ達成されていない。むしろ最近は、①銀行収益の悪化②金融市場の機能低下③財政規律の弛緩――といった副作用の拡大が目立つ。

例えば、金融機関経営への影響は甚大だ。日銀によるゼロ%近傍での巨額の国債買い入れは、貸し出しや社債金利の大幅な低下を促してきた。全国銀行の総資金利ざや(2017年度)は0.1%を割り込み、いまや2005年度の5分の1の水準にある。新規の貸出金利はようやく下げ止まりつつあるが、貸出残高全体(ストック)の金利はいまも低下が続く(図表1)。ストックはいずれ新規に追いつく理屈なので、預貸利ざやは縮小を続け、ゼロに近づく計算となる。期間収益で信用リスクや金利リスクをカバーしきれず、金融システムにリスクが蓄積する構図にある。

 

図表1 貸出約定平均金利(全国銀行)と資金調達原価の推移

出所:日本銀行「貸出約定平均金利」、全国銀行協会「年度別:全国銀行財務諸表分析」を基に筆者作成

 

異次元緩和に出口は来るか

さすがに日銀も副作用を意識し始めたようだ。2018年7月には、長期金利(10年)の変動幅を拡大し、上限0.2%程度まで容認した。技術的には、今後も多少の調整余地があるだろう。しかし、日銀はこれまで、政策手直しの都度、オーバーシュート型コミットメントやフォワードガイダンスを導入し、物価目標へのコミットメントをむしろ強調する姿勢を示してきた。このスタンスが維持される限り、物価(全国消費者物価指数前年比・生鮮食品を除く総合、以下断りのない限り同じ)が「安定的に2%に達する」までは、出口戦略の着手は考えにくい。

以上を前提に、2019年以降の金融政策を展望してみよう。物価はなかなか2%に達しない。日銀政策委員の大勢見通しも、2019、2020年度ともに1%台半ばにとどまる(2018年10月時点)。足元の物価は徐々に1%前後まで上がってきたが、エネルギー価格上昇の影響が大きい。日銀自身が「物価の基調を捕捉するための指標」として強調してきた「消費者物価指数(生鮮食品及びエネルギーを除く総合)」や「刈込平均値」の前年比は、いまだゼロ%台半ばにとどまる(図表2)。自ら立てた目標と基調判断の基準に日銀が誠実である限り、出口ははるかに遠い。

もちろん金融機関は、上下両方向のリスクに注意を払う必要がある。とくに、米国トランプ政権の政策がかく乱要因となりうる。相対的に蓋然性の高い方のリスクは、景気停滞・物価上昇率鈍化の可能性だろう。国内で秋に予定される消費増税の影響だけでなく、米国貿易政策の行方に焦点が当たる。万一貿易摩擦が激化すれば、グローバル・サプライ・チェーンは分断され、世界経済の悪化を招く。他方、物価上昇・景気後退のリスクも皆無ではない。米国と中東地域の間の緊張が高まり、原油価格が急騰するようなことがあれば、物価が上昇するリスクもある。この場合、金融機関の抱える金利リスクが一挙に表面化しかねない。

 

図表2 消費者物価(全国)前年比の推移

出所:総務省統計局「消費者物価指数」を基に筆者作成

 

 

物価目標2%への取り組みの検証

出口がはるかに遠いとすれば、結局、問われるべきは、物価目標2%を機械的に追い求める政策運営の妥当性だろう。日本経済は、ここ数年物価ゼロ%台のもとで、潜在成長率をおおむね上回る成長を続けてきた。労働市場はいまや著しい人手不足状態にある。他方、異次元緩和の副作用は拡大している。物価目標2%を機械的に適用する政策運営でなければ、すでに出口が開始されていて不思議でない。

金融政策は本来「時間を買う政策」であり、投資や消費といった将来の需要を前借りする政策である。そのことを踏まえれば、異次元緩和が期待した効果はすでに大方出尽くし、長く続けるほどリスクばかりが膨らむことになりかねない。物価目標2%を「グローバル・スタンダード」とする議論も、機械的な適用を不可欠とするほどの強い根拠があるようにはみえない(図表3)。物価目標への取り組みの妥当性について、検証が求められる。

 

図表3 物価目標「2%」の根拠と論点

出所:筆者作成

 

出口の進め方

では、仮に出口戦略が開始されるとすれば、どのような手順になるだろうか。平時の金融調節、すなわち市場オペを中心とする短期金利コントロールに戻るには、それまでに四つのステップを完了させる必要がある。

第1は、長期金利の自由な変動を容認することだ。①ターゲットの10年債金利の変動幅を拡大する②ターゲットの対象債券を10年債から中短期債へ短縮する③金利のターゲット水準を引き上げる――といった手法を組み合わせながら、最終的に長期金利のコントロールを解除することになる。第2のステップであるネット国債買い入れ額の削減と、第3のステップである短期金利の引き上げは、おおむね同時並行的に進められるだろう。短期金利の引き上げは、もっぱら日銀当座預金への付利水準の調整によって行われる。第4のステップであるバランスシートの圧縮は、保有する国債の満期到来を待って、資産、負債を両建てで減らしていくことになる。

重要なのは、市場に大きなショックを与えることなく、かつ、市場の信認が保たれるようバランスシートを確実に圧縮することだ。日銀はこれまで、巨額の国債買い入れを「財政ファイナンスでない」と主張してきた。しかし、これを立証するのはバランスシートを元の水準に戻すことしかない。万一失敗すれば、次世代の日銀は「財政ファイナンスをしかねない中央銀行」として、市場の信認を失った状態で政策運営を進めなければならない。

実際には、膨大な量を買い入れた後だけに、簡単ではない(図表4)。円滑な圧縮のためには、財政再建の進捗も重要な要素となる。しかし、異次元緩和をこれだけ長く続けてきた以上、今の日銀にはバランスシート圧縮を完遂する責任がある。

 

図表4 日銀の国債保有残高推移

出所:日本銀行「日本銀行勘定」を基に筆者作成

 

金融機関はどう対処するか

金融機関の経営は厳しい。出口が遠いほど、金利リスクが積み上がる。信用リスクも一段と高まる方向にある。他方、物価が上がり、金利が反転・上昇する局面では、利ざや回復の前にリスクが顕在化する恐れがある。金融機関としては、厳しいシナリオを想定して厳格なストレステストを実施し、十分な資本と流動性の確保に努めなければならない。最近、一部の金融機関では、債券の含み益を吐き出して当期純利益の維持を図る動きがみられるが、将来の備えを食いつぶすもので、危うい。

一方で、厳格なリスク管理を施すほど、収益の確保は一層難しくなる。金融機関はこれまでも経費の圧縮に努めてきたが、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の導入などにより、さらなる経費の圧縮余地がないか、検討を急ぐ必要がある。同時に、(ただちに収益向上につながるものではないが)次の経営を担う世代のために、成長企業の発掘や収益源の多様化の推進も怠れない。

それにしても、株主が期待するROE(自己資本利益率)を達成するのは難しい。むしろ「上場を続けていてよいか」という問いかけさえ出てきかねない情勢だ。合併・再編も選択肢の一つだが、当面の収益への貢献は限られる。多くの既存店舗を閉じたり、預金に高めの手数料を課すことも、政府や日銀の強いサポートなしには現実的でないだろう。銀行は、もちろん自己責任で経営の健全性を維持しなければならない。しかし、議論は結局、日銀が物価目標2%を機械的に追い求めることの妥当性に戻る。2019年、物価の安定と金融システムの安定の両者を目的とする日銀は、どのような答えを提示するのだろうか。

以 上